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第107話
延々とペダルを漕いだ両側にサトウキビ畑が続く道では、人っ子一人見かけなかった。一度だけ、ワゴン車が猛スピードで通り過ぎていったお陰で、自分が異世界に迷い込んだわけじゃないと確認できた。
途中で本当に道の真ん中にいるヤギに遭遇した。
よく見ると首に縄がつけられていて、道沿いの杭のような物に繋がれている。なんとなくまだ子供のように見えるヤギはのんびり道沿いの草を食んでいた。
こんな風に道路に出ていて、さっきのようなスピードの車にはねられたりしないのだろうか。
自転車を降りて子ヤギの傍で水分補給の休憩をする。
本当に何も無い。僕も東京へ出る前はかなりの田舎にいたけれど、群馬も神奈川も山の中だったから随分様子が違う。
景色が平べったくて、とにかく空が広い。シンジがずっと開かない窓からぼうっと空を見上げていた訳が分かった気がした。
こんなところで生まれ育ったのに、あの都会のごみ溜めのようなところに閉じ込められて、シンジはより耐えられなかったのかもしれない。シンジの魂はあのビルを非常階段から飛び立って、もうここへ帰ってきているのだろうかとふと思った。
やっと辿り着いた漁港には、ちらほら人がいた。
僕は捜索を開始する。シンジの家族を探すにあたって、僕はいくつかのストーリーと嘘を用意していた。
家族にシンジの死を知らせた方がいいのかどうかは人や状況によると思っていたからだ。
港で船や網の手入れをしている人達に古い友達を探していると似顔絵を見せる。
分かっているのは年齢と父と兄が漁師だと言う事だけだから、聞かれた方もまるで雲を掴むような話だという顔をするのだが・・・今回は違った。
気付けば真っ黒に日焼けした逞しい体つきの男数人に取り囲まれていた。
「お前、何もんだ」
「どこから来た」
「なんでこいつを探しとる」
今までも散々怪しがられてきたが、目の前の3人の男たちのあからさまに剣呑な表情とは比べ物にならない。
先の島々で何度も繰り返した嘘を吐く。
僕はたまに旅行記なんかを書くフリーのライターで、昔、友達になったこの青年から聞いた島の話が忘れられなくてやってきた。
もし彼が島に戻っているなら旧交を温めたい。
「友達なのになんで名前も知らないんだ」
彼は水商売のボーイをやっていて皆にシンジと呼ばれていたから僕もそう呼んでいた。
僕は彼の店の近くの喫茶店でアルバイトをしていて、彼はよく顔を見せてくれていた。
よく美しい島の話を聞かされた。
転居して何年かして戻ったら、もう彼はいなくなっていたので、帰りたがっていた故郷に戻ったのかと思っていた。
そのうち3人は僕の聞き取れない言葉で何やら相談を始めた。
水商売のボーイと聞くと、大抵の人はバーとかキャバクラの男性スタッフを連想することを利用した。それに、そういう業界でも源氏名を使うスタッフが居そうなので都合が良かった。
男の一人に軽トラックに乗せられ連れて行かれた先の民宿で海琉 と言うシンジの兄と会うことができた。
そこで、シンジの本名が玉城 天琉 というのだと知った。
そして対面から数十分後、苦境に立たされる兄の:海琉(かいる)を目の当りにして、僕の口は「僕が手伝います」と自分でもびっくりするような台詞を吐いていたのだった。
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