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第108話

海琉(かいる)は漁師だけでなく、親戚のやっている民宿で働き、スキューバダイビングのインストラクターもやっていた。近年の漁獲量の減少と燃料費高騰から漁だけでは採算が厳しくなってきた為だと知ったのは後からだ。 とっくに海開きしているこの地域は、5月半ばの梅雨入りまでは第1期目の繁忙期らしかった。 ところが民宿での中核だった伯母が倒れ、その娘も大きな島の病院に付き添って行ってしまったところへ、本土からやって来るはずだったアルバイト二人組にも急遽キャンセルされ、海琉は途方に暮れていた。 リゾートホテルから受託しているダイビングツアーのスケジュールはびっしり詰まっていて、こちらを断れば信用を失い今後受注するのは難しくなる。 かと言って、本土からやってくる民宿の客へ直前キャンセルを申し入れれば、こちらもクレーム必至だった。 シンジ、もとい天琉(てる)がここにいたら、家族思いの彼はきっと兄を手伝いたい、助けたいと思うだろう。 胸の内の苦しみをぽろぽろとこぼしていたのに、慰めも励ましもせず、みすみす彼を死なせてしまった僕に出来る償い。そんな考えも浮かんだ。 それに、もっと親しくならなければ本来の目的であるデリケートな話はしづらいと感じてもいた。 かくして、僕は民宿ウミカジ(海風)をアルバイトの補充ができるまで手伝うことを申し出たのだった。 征治さんにそんな訳で戻るのが遅くなると連絡したら酷く驚いていたけれど、「無事に見つかって良かったね、頑張ったね」と言ってくれた。その優しい声に、離れていても頭を撫でられている気になって口元が緩んだ。 ウミカジでの僕の仕事は洗濯、掃除、配膳、皿洗い。電話の応対。料理や運転は出来ないから、そういった雑用を昼間にこなし、夜にバイト用に与えられている部屋で執筆をする。 慣れない仕事よりも、困ったのはネット環境の悪さだった。 この島には光回線が来ていない。一応、民宿のパソコンは電話回線を利用していたが、当然Wi-Fiなど設置されていない。 やむなくスマホのテザリング機能で自分のパソコンをネットに繋いでいたが、そもそもスマホの電波すら安定しない。 近くに張り出している岬に電波が妨害されていると聞いたが、アンテナが増えたり減ったりするのは何故だ? だが、まだスマホが使えているうちは良かったのだ。 沖縄の台風をよく理解していなかった僕は大失敗をしてしまった。 なんとかゴールデンウィークを乗り越えた途端、やって来た台風。 何も遮る物が無い海を渡って来た風の強さは経験したことのないもので、沖縄独特のコンクリートの四角いブロックのような建物の中に居ても揺れている気がする。 そんな中、バキバキガシャーンという突然の衝撃音。 勿論、外に出るのは危険だと分かっていたが、建物に何かがぶつかったのは間違いないので確認はしておこうとドアを開けた。 しかし、次の瞬間にはまるでバケツの水をかぶったように全身ずぶ濡れになり、ズボンのポケットに入っていたスマホを水没させてしまったのだ。 まさかあんな一瞬でずぶ濡れになると思わずポケットにスマホを入れたままだったのは迂闊だったが、これは防水仕様だという甘さもあった。 僕は知らなかったのだ。あの雨の半分が風に巻き上げられた海水だと言う事を。 台風が通り過ぎた翌朝、窓という窓にびっしりついているキラキラ光る結晶に驚愕し、塩による腐食を防ぐためあらゆるものを真水で洗い流す作業に追われたのだった。

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