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第110話

海琉とはなかなか打ち解けられなかった。 元々究極の人手不足で二人とも自分の仕事で忙しかったし、海琉はダイビングの仕事や客の送迎で外に出ていることも多く、ゆっくり喋る時間も無い。 その上、およそ客商売には向いていない愛想の無さに無口ときている。客や僕と話すときには標準語で話さなくてはならないと思っているようだが、明らかに使い慣れてなくて不思議なイントネーションと言葉遣いになることから、元々ここでの仕事は裏方に徹していたのかなと思う。 それでも僕が仕事に慣れてくるにつれ、「助かる」「なかなかバイトが見つからずすまない」などと話しかけてくるようになった。 そして時々、弟の話。 「天琉(てる)はここに来た客に紹介された仕事で都会に行ったきり帰ってこない」 「あいつは何にもない島ここが嫌いだったのだろうか。どんな風に話していた?」 僕は数多くないシンジから聞いた話を伝える。 「リゾートホテルやお兄さんがダイビングのインストラクターだという話は聞いたことが無かったです」 「ああ、天琉が出ていった頃はまだ工事中だった。わしもダイビングは趣味でやってただけだったが、漁だけでは食っていくのが大変になってきてさ。 島にリゾートホテルが出来たお陰で、本土での知名度はゼロに近かったこんな小島まで観光客が来るようになった。 人口がどんどん減って、昔はあった高校も無くなって、一つだけの食料品店も潰れて一時はどうなるかと皆思っとったから・・・ だが、ただでさえ若者は数えるほどしかおらんのにアルバイトは皆あっちに取られてしまうな。もっとも、あっちも最近はバイトの確保が大変そうだ。本島や石垣でせっせと募集を掛けても集まらんから最近はスタッフも外人ばっかさ。 天琉・・・今なら島ここに帰ってきても、仕事あるのにな」 寂しげな顔に胸が痛む。と同時に、僕が果たすべき使命だと思っていることがやはりとてつもなく重大な告白であると再認識し、正しいタイミングとはいつなのかと改めて考えずにはいられなかった。 ある夜、回線を借りてパソコンを繋ぎ、篠田さんにメールを打つとその場ですぐに返信があった。何か急ぎなのかとメールを開くと意外な文面が飛び込んできた。 『つい先ほど、ユニコルノの山瀬社長から電話がありました。 風見さんと連絡を取りたいが何度掛けても通じない、何か知らないかという事でした。 山瀬さんと個人的なお付き合いがあるとは知りませんでしたので、どこまでお話ししていいのか分からず、スマホが壊れたことだけお伝えしました。 一応、電話番号等を伺っていますので連絡を取っていただけますか?』 山瀬さん?何だろう? というより、何故だろう? なんでわざわざ篠田さんに尋ねたんだろう。すぐそばに征治さんがいるだろうに。 緊急だといけないので、断りを入れてウミカジの電話を借りて山瀬さんに掛けてみた。 長めのコール音の後、少し訝し気な声で山瀬さんが出た。見掛けない番号だったからかもしれない。 だが、僕だと分かると今度は勢い込んで「ひなたん、今どこにいる?」と訊いてくる。 「今、沖縄の離島に居ます」 「沖縄!?・・・沖縄かあ・・・いつ帰る?」 「えっと、ちょっとまだ分からなくて。どうしました?何か急ぎですか?」 「いや・・・そういう事なら大丈夫だ。また帰ってきたら土産話を聞かせてくれよな。じゃあ、また」 あっさり切れた電話にいったい何だったんだろうと首を傾げる。 海琉に電話の礼を言うと、「君にも色々予定があるのに、ずっと引き留めて悪いな」と謝られた。

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