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第113話

冷蔵庫に手を掛け「陽向、何か飲む?」と尋ねるので、冷たいお茶を飲もうとグラスを手に近づいていく。 やっぱりそうだ。 顔の印象が変わったのは髪のせいじゃない。征治さんの頬が以前よりこけている。 そして、視界に入って来たキッチンのカウンターに置かれている二つ重ねられた見慣れない空のシール容器。 お茶を取り出そうと冷蔵庫の扉を開けると、中にもう一つ別の見たことのない容器。だがこちらには中に何かが詰められている。 「征治さん・・・僕がいない間に何かあったの?」 だが征治さんは笑顔で首を横に振るだけだ。 少し引っ掛かったが、気を取り直す。 「ねえ征治さん、見て見て。僕が帰るって言ったら、島の人達が海琉を助けてくれた礼だって、続々とお土産を持ってきてくれたんだよ。 これが沖縄の県の魚のグルクン。唐揚げがとっても美味しいんだけど、持ち帰りやすいように南蛮漬けにしてくれたの。 こっちはラフテー。それと海ぶどう・・・これは今日中に食べた方がいいって。島らっきょう。油味噌が2種類。これがあればご飯何杯でもいけるよ。それから、ゴーヤのピクルス。海ぶどうと島らっきょう以外は全部手作りだよ。こっちの2本の泡盛も貰ったやつ。 箱に入ってるのは篠田さんと山瀬さんにお土産にしようと思って空港で買ったんだ。 持って帰るの重くて大変だったけど、白いご飯さえ炊けば、もう今日の晩御飯出来上がりだね」 「凄いね」 「うん。本当は沖縄流のもてなしをしてあげたかったのに、観光シーズンでお互い忙しいし僕がお酒がまるで駄目らしいからって。助かったよ。泡盛飲んで踊ったりしたら、僕死んじゃうよ」 ご飯が炊けるのを待って、全部はとても食べきれないので土産を少しずつ皿に盛ってテーブルに並べ、向かい合って食事をする。征治さんには泡盛も勧めてみた。二人でこうやってゆっくり食事をするのは、随分久し振りな気がする。 嬉しくて、ついつい饒舌になってしまう。 「信じられないかもしれないけどね、僕、自分でもびっくりするほど素顔を晒すのが不安じゃなくなったんだ。おかしいよね、もうずーっと不審者よろしく顔を隠して俯いてすごしていたのにね。 おまけにね、ウミカジにはどんどん新しい宿泊客がくるでしょ?その人たちに僕、愛想を振りまきまくったんだよ? だってサービス業なのに海琉ったら、ほんとに最小限しか口をきかないし、滅多に笑顔も見せないんだもん。代わりに僕がニコニコするしかないよねえ。 最初のころは自分からお客さんに話しかけるのにかなり緊張してたんだけど、だんだん慣れて随分滑らかに接客できるようになったよ。 ねえ征治さん、頑張ったねって褒めて」 「本当に陽向はえらいよ。ちゃんと自分の問題と向き合って克服したんだ。 源氏名しか知らないシンジの家族を探しに沖縄へ行くって聞いた時も、雲を掴むような話だって思ってた。だけど陽向はやり遂げた。尊敬するよ」 「そ、尊敬だなんて・・・芹澤の功績が大きいよね。あの人の情報が無かったらきっと辿り着けてない」 「怯える対象だった芹澤とちゃんと和解して、そんな情報を引き出すまでになったところが凄いんだよ。陽向は自分だけじゃなく、芹澤まで過去から救ったんだよ」 テーブル越しに優しく頭を撫でられて、嬉しくてもっと甘えたくなった。

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