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第115話
征治さんの指が、僕の落とした絵手紙の中からオカヤドカリを摘まみ上げる。
「ヤドカリってさ、自分が成長して住んでる殻が小さくなってきたら、身に合った大きな殻に引っ越すよね」
どういうこと?
僕のことをヤドカリに例えてるの?
その時やっと、征治さんの顔色がすぐれないことに気が付いた。
「征治さん、体調が悪いんじゃないの?」
征治さんはオカヤドカリの絵手紙を見たまま黙っている。
「ごめん、気付かずに一人でベラベラ喋って。明日も仕事だし、話は明日にして今日はもう休もう?ね?」
「・・・うん、そうだね」
あっさり同意してくれてホッとすると同時に、そんなに具合が悪かったのかと心配になった。
久し振りに同じベッドで抱き合って横になる。
やっぱり征治さんはかなり痩せたと思う。
「ねえ、征治さん。僕が留守の間に風邪でもひいたの?それとも何か病気なの?」
「病気なんかじゃないよ。ただ、仕事がもの凄く忙しかったんだ。それで・・・ちょっと食事がおろそかになっただけ。心配いらないよ」
そう言って僕の背中を優しく撫でる。
「本当?明日から僕がちゃんとご飯作るから、しっかり食べてね?」
「うん。・・・ふふ、陽向の匂いだ」
僕の髪に鼻を埋めてそんな風に呟かれて、胸がきゅんとする。
次第に長く深くなっていく征治さんの呼吸に、すぐに眠れそうなんだなと安心する。
「征治さん・・・大好きだよ」
「陽向・・・愛してる・・・よ・・・」
最後は半分夢の中から届いた言葉。いつもの僕ならこれを最高の子守歌に自分も夢の国へ旅立つのだけれど、僕の頭はぐるぐる回転を始めどんどん冴えていった。
翌朝、征治さんは体調が戻ったのか、きびきびとした動きで身支度を整え、バリッとしたサラリーマンになって出社していった。
ちゃんと朝ご飯も食べたし、出掛ける時に「今日は早く帰れるよ」と笑っていたのでホッとする。
でも、キッチンカウンターにあった空のシール容器は消えていて、征治さんは何も言わずにビジネスバッグと僕からの山瀬さんのお土産と一緒に、小さめの紙袋を持って出掛けて行った。
征治さんが出掛けるとすぐに、僕はスマホを手に取り山瀬さんの名前をタップした。
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