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第117話

電話を切ったあとも、嫌な感じに胸が騒ぐ。 数か月前から。 つまり、僕が動き回り始めてから? 原因は、僕? そう思うと、一つ一つは小さいバラバラのかけらたちが意味を持って集まりはじめた。 僕が、見えていなかったもの。聞こえていなかったもの。聞いていたのに忘れてしまっていたもの。 ーーーでも征治って根暗でしょ?何かあると表面上は鉄壁の王子スマイルで覆って、内に籠っちゃうからーーー そうだ、山瀬さんは以前そうやって征治さんの事を評していたじゃないか。 空手で出来た僕のアザを痛ましそうな目で見ながらそっと撫でていたけど、あれはそれだけだった? 髪を切った僕の姿を見た時の愕然とした表情。 「無茶はしないで」その一言で引いた征治さんに僕は違和感を感じたんじゃなかったか? 初めて抱かれなかった土曜の夜。パソコンの画面を睨み続けていた難しい顔。 少しずつ長くなっていったハグ。 空のシール容器。冷蔵庫の中の容器に入っていた、いかにも女性が作りそうな色どりよく作られた野菜の肉巻き。 きっと、会社で倒れ栄養失調を疑われた征治さんに会社の女の子たちが、こぞって手作りの料理を持ってきたのだ。 世の中がいい季節の大型連休に華やぐ間、一人遅くまでオフィスで働く征治さんの姿が浮かぶ。 一人で部屋に居たくなかった?恋人の事を(かえり)みず、いつ帰って来るかも分からない僕の事を待つのが辛かった? スマホが壊れたといって連絡が途絶え、呑気な絵手紙ばかりが届いて。 単に休日出勤していただけじゃあんなに痩せない。 もっと、根本的な本質的なことが原因だ。 急に自分が人気のない真冬の暗い公園で・・・水もライトアップも止まり静まり返った噴水広場で凍えているような錯覚に陥る。 あの時、気付いたはずだったのに。 また僕は自分の事だけでいっぱいになって、征治さんの気持ちを汲み取れてなかった? また、僕は失敗したのか? 「・・・陽向の戻って来る場所は・・・ここで合ってた?」 あんな台詞を言わせるなんて。 僕は征治さんの優しさに甘えすぎていたのかもしれない。 征治さんは絶対的に大きくて、無限に優しくて・・・僕は何をしても許されると勘違いしていたんだ。 胸がきゅうきゅうと痛み、焦燥感からか呼吸も早く浅くなる。 落ち着け、僕。 大事なのはここからだ。 空手の稽古の最初にやる様に、姿勢を正して拳を膝に乗せ、目をつむり黙想をする。ゆっくり深呼吸を繰りかえすと、次第に心が平静を取り戻す。 僕の征治さんに対する想いは何一つ変わっていない。 征治さんも愛していると言ってくれた。 至ってシンプルじゃないか。 それに、僕は、間違いをおかしたからっておしまいじゃないってことを、学んだじゃないか。 ちゃんと考えよう。 僕の何がいけなかったのか。 僕は何をするべきなのか。

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