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第119話
無人の東屋に入り、腰壁に沿ってコの字型に設置されているベンチに並んで腰かける。
「・・・陽向の来たかったのって、ここ?」
「うん」
征治さんの瞳が、僕がここに来た理由を見極めようとするように、僕の目を覗き込む。
「ちょうど2年前の今頃だった。僕が風見陽向として征治さんにここで再会したのは。
梅雨入りしたばかりで、あの日も今日みたいに雨が降ってた。覚えてる?」
「覚えてる。よく覚えてるよ」
「僕もね、それまでに4回も呼び出しをすっぽかして、やっと勇気を振りしぼってここへ来て、緊張でどうにかなりそうだったのに、あの日のことは事細かに鮮明に覚えてる。
征治さんはピンストライプのシャツと濃紺のパンツだったな。やっぱり王子様みたいにキラキラしてて・・・ふふ、今ほど痩せてなかったけど・・・今と同じ様に大人でカッコよかった。
あの頃の僕は・・・どんな印象だった?征治さんから見て、今と違う?」
「ああ。あの日の陽向は・・・
毎週、どうか今日こそ来てくれって祈るような気持ちで待っていたから、陽向が来てくれて本当に嬉しかった。
だけど現れた陽向は・・・大きなマスクとぐるぐる巻かれたストールが防護服を纏ってるみたいだった。すごく離れて座るし、最初は拒絶されてるように感じて辛かったな。
マスクで覆えない部分を隠すように伸ばされた髪の間から見える瞳が・・・全てを諦めてしまっているように冷めていて、そこに時折哀しみや警戒心みたいなのが浮かんで・・・
例えるなら、大怪我をして飛ぶことも鳴くことも出来ないほど弱った小鳥みたいだった」
征治さんが手を伸ばして、そっと僕の頬を撫でる。
「それが、こんなに・・・とても同じ人間だと思えない程、強く美しく・・・逞しくなった」
そう言うと、眩しそうに僕を見つめる。
「本当?征治さんから見ても僕、ちゃんと変われてる?
僕ね、この2年間の自分を振り返ってみるとね・・・
征治さんと再会できて誤解が解け、慶田盛家の人達の謝罪を受け入れてずっと胸に詰まっていた重しが取り除けた、第1期。
征治さんとお別れして吉沢さんと付き合い始めて・・・だけど心はずっと征治さんを求め続けてるって気付いて切なくて堪らなかった、第2期。征治さんの苦しみにやっと気付いて、なんとか声を取り戻して征治さんを安心させたい、ちゃんと気持ちを伝えたいって懸命にリハビリに取り組んだ。
それから、征治さんに想いが通じて恋人にしてもらえた第3期。大好きな人の大きな愛に包まれて心身ともに傷が癒やされて、幸せ過ぎて毎日夢の中にいるみたいだった」
「だった」という語尾を聞いた征治さんの眉間にぴくっと力が入った。
「今現在、僕は第4期に入ってると思うんだけど・・・それがどんなものか、征治さん、当ててみて?」
えっ?と、一瞬目を瞠った征治さんが、真剣な眼差しで僕をじっと見つめる。
そのまま暫く沈黙が続いた。
両の手が硬く握られていて、征治さんが緊張状態であるのをうかがわせる。
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