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第129話

「飲んじゃったの!?」 征治さんが素早い動きで、ベッドサイドのチェストからミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、差し出してきた。 「これですすぎなよ」 「平気」 確かに決して美味しくはないけど、征治さんのものだし。 征治さんは眉をしかめると、ボトルのキャップを捻り、自分が水を口に含んだ。そしてグイと僕の顔を引き寄せると僕に口付け水を流し込んできた。 あ、なんか親鳥にエサを貰うヒナみたい、と思ったけれど、口伝えに少しづつ流し込まれる水がとても甘く感じて、そしてすごくエロチックな行為に思えて、夢中でこくこくと飲み下す。 「・・・もっと」 ボトルを差し出した征治さんに、そうじゃないと首を振る。 僕のおねだりに征治さんはふっと笑って、あと2回同じことをしてくれた。 最後に唇の端の水滴をぺろりと舐め取ってもらい、二人で抱き合いながらころんと横になる。 「びっくりしたな・・・陽向、ありがと。凄く、気持ちよかった」 そう言って鼻のてっぺんにキスして僕の髪を梳く。 「ほんと?えへへ、なんか嬉しいな」 また今度してあげよう。 征治さんの胸や腹に触れながら、ふと気になったことを口にした。 「征治さん、痩せたけど筋肉は落ちてないみたい。体脂肪だけ減ったのかな」 途端に征治さんが何とも不思議な表情をした。 「ん?なあに?」 僕が、過労と貧血で倒れて入院したことを知らないと思ってるから? 唇をもごもごさせて、口に出すか迷う素振りを見せた後、征治さんは苦笑いとともに長い溜息をついた。 「・・・陽向がいつ帰ってこられるか分からないと言い残して、沖縄へ飛んで・・・俺は不安で堪らなかった。 昼間話したように、俺はどこで間違ったんだろうとか、陽向を自由にしてやらなきゃいけないんじゃないかとか、なかなか答えが出ないままグルグルと考え続けてしまうから、朝から晩まで仕事を詰め込んだ。 休みの日もそうだ。この部屋で一人でいると、より陽向がいないことを感じて・・・鬱々と考え続けるなら働いていた方がマシだって、仕事に行った。 夜、誰もいない部屋に帰って来るのが辛かったから、会社の近くのビジネスホテルに泊まろうと何度か思った。 だけど、もしかしたら今日は絵手紙が届いているかもしれない、もしかしたら今夜は陽向が帰って来ているかも知れないと、マンションに向かって気持ちが急くんだ。 でも、やっぱり陽向は帰ってなくて・・・ダイニングに座れば向かいの席が空いているのを目の当りにするし、昔は平気で食べてたコンビニ弁当も少しも美味いと思えなくて、ゼリー飲料ばかり()るようになった。 最悪なのはベッドだよ。毎日抱き合って眠っていたのに、そこには何も無くて冷たいシーツだけ。ベッドに残っていた陽向の匂いもどんどん消えていく。 なかなか寝付けない夜も多くて、かと言ってアルコールや眠剤に頼るのは良くないと・・・ 疲れ切ったら眠れるはずだって、限界まで腹筋とか腕立てとかをね、やってたんだ。 ふふふ、なんて女々しい奴だって呆れた?」 「ううん」 征治さんの首に額を擦りつけ、腕を回して抱き締める。 「ごめんね。前にも言われたことあるけど、僕、物書きのくせに想像力が足りないね。ずっと待ってた征治さんの置かれた状況や気持ちを全く想像できてなかった。 ごめんなさい。許してくれる?」

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