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第137話
激しいセックスの余韻に浸るうちに微睡《まどろ》んでいたらしい。
頬をすべる温かい感触にゆっくり瞼を上げると、穏やかな微笑を湛えた征治さんと目が合った。
外はまだ暗いようだけど、二人ともまだ裸のままで、征治さんが掛けてくれたのか二人で一つのタオルケットに包《くる》まっている。
時間の経過が分からなくて、時計に目を凝らそうとする僕に「小一時間、ウトウトしちゃったみたい」と相変わらず指の背で僕の頬を撫でながら征治さんが教えてくれる。
いつも僕がセックスの後に力尽きてしまっても、すぐに征治さんが甲斐甲斐しく後始末から着替えさせるところまでしてくれていたから、今夜は征治さんも相当疲れたのかな。だって、さっき、凄かったもんな。
征治さんの狼っぷりを思い出していたら、指先が頬から耳朶に移り、そこから首筋を辿っていく。ピリッとした痛みに顔を顰めると、征治さんの眉がひゅんと下がった。
「陽向、ごめんね。また噛んじゃった。痛かったよね。それに、今回は結構跡がついちゃった。ごめんなさい」
イタズラをして叱られた時のコタのような顔に、笑いが漏れる。
「ふふふ、大丈夫だよ。だけど、征治さんって普段は清廉潔白で無欲な王子様みたいな感じなのに、ベッドの中では結構な肉食っぷりだよね」
「わあ、ごめん!さっきの怒ってる?やっぱり怒ってるよね? あれは・・・俺史上、最も自分本位なセックスだった。許して」
僕をきゅっと胸に抱き込み、髪に頬ずりをし、手でも頭を撫でる。
ふふ、謝る必要なんてないのに。征治さんは根が優しくて善良だから、世の中にどんなに酷い抱き方をする男が多いか知らないんだろうな。
「ちょっと男の性《さが》が強く出ちゃっただけでしょ?僕も興奮したよ」
「ほんと?よかった・・・。だけど、陽向も普段は純粋無垢みたいに見えるのに、ベッドの中では凄く色っぽくて、こっちの劣情を煽るような表情 するんだよなあ。あれ、自分で分かってんの?」
「・・・ばか」
征治さんのほっぺをつねってやった。
清廉潔白で理性的な征治さんも、目の前の獲物に本能のままかぶりつく征治さんも、どちらも本物。
いつも正しくあろうとし、努力で堅固な礎《いしずえ》を築き、自分の足でその上にしっかり立っている征治さんも。
人を気遣い過ぎて、自分の不安や傷を他人に見えない奥底に隠しながら、悩んでしまう征治さんも。
全部、本物。それら全部をひっくるめて征治さんなのだから。
さっき耳にした、「俺史上」。
征治さんが僕との前に、どんな人達と、どんなセックスをしてきたのか、知らない。だけど、僕はそんなこと全く気にならない。
だって、それだって今の征治さんを形作るピースの一つじゃないか。
そう考えたら、僕の中で棚に整理しきれていなかったブロックがあるべきところにストンと収まったように感じた。
そうだ、僕だって同じ。
自分の殻に閉じこもるために声を失った僕。
後に何年も苦しめられた辛い過去の経験も、どうしても自分を好きになれずに自己否定をし続けた僕も。
征治さんの深い愛情に包まれて、愛される喜びと愛する喜びを思い出した僕も。
僕に出来ることを見つけ、役割を果たしたいと足掻いたことも。
自分を変えたくて突っ走ってしまった僕も。
今までの全部が混じり合って、今の僕が出来ているんだ。
そして僕は、今の自分を、そんなに嫌いじゃない。
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