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シロツメクサ/白詰草[4]
「いやー、まさかほんとに入ってくれるとはな〜」
リュックサックを肩にかけ堀の隣を歩くのは戸田川だ。彼は(悪気はないのだろうが堀からしてみれば)至極図々しいセリフを発すると、こちらの言葉を待つようにニヤニヤとした視線を寄越してくる。
「気ぃ変わったのか?」
「ッ、別にい???てかな。そもそもお前が……」
「んんー?」
「ぐっ…ああもう!なんでもない!!」
「変なヤツー」と唇を尖らせる戸田川を尻目に堀は大股で数歩前進した。これまで揃っていた二足の足並みが破れる。
ずんずんと校内を進む堀が下り階段へ続く曲がり角を曲がった時だった。
「!」
「きゃっ」
小さな衝撃と共にバサバサッという音が辺りに散る。見ると自分の目の前で女生徒が尻もちをついていた。どうやら自分の前方不注意で同じく曲がり角を曲がろうとした彼女とぶつかり、挙句それが彼女が持っていた資料類を盛大にぶちまける引き金となってしまったらしい。
「うわー!!すみませんすみません!」
堀は慌ててその場で腰を二度折ると素早く俊敏に散らばった資料たちを全て拾い集め、座り込む彼女に向け差し出した。
「ああっ、いえ、私の方こそ……あ、あの…?」
差し出された資料を見て戸惑ったようにこちらを見上げた彼女を、堀は少しの間きょとんと見つめ返すだけだったが、彼女の言わんとする事がようやく分かった頃に「ああ、」と声を上げる。
「後ろに倒れた時手のひらを擦ったみたいだったので」
資料とともに堀が渡したのは絆創膏だった。堀の説明に彼女は自分の手のひらを見た。確かに、そこには小さくはあるが擦り傷ができている。
「よく見てるんですね。」
「はは、どうも昔からそういう性分でして……お詫びの品といったら図々しいですが…本当にすみません」
「いえ、いいんです。ありがとうございます。」
立ち上がった所で微笑んだ彼女に堀はもう一度軽く頭を下げると、少し距離を置いた場所に立っていた戸田川へと駆け寄った。
「悪い!」
「いや〜?むしろもっと話してこなくてよかったのか?」
「?どういう意味だよ」
再び肩を並べ階段を降り始めた2人だったが、戸田川の意味深なテンションに訳が分からないという顔で堀は疑問符を浮かべた。
「え、だってナンパじゃないの?今の」
「はい?」
「…ええ!?オレはてっきり、ぶつかってしまった相手に絆創膏で優しさをアピールした所で『お詫びが絆創膏だけっていうのもアレなんで今度どこかに食事でも…』ていう流れまでを想定したお前の新技かと…」
「違うよ!新技でもなんでもないし、むしろお詫びは絆創膏で済ませた!」
「なーんだー。…やっぱ、堀はいつまで経っても堀ってことだなあ〜」
「意味が分からないんだけど」
「いーや、お前は高校で出会った時からやたら周りが見える奴だったから。困ってるやつがいると真っ先に気がついて世話焼いてたろ」
「……要するになんだ。お前は俺がお節介だって?」
違う違う!むしろ逆!とかぶりを振り戸田川は笑う。
「そういう下心のないお節介は、堀のいいとこだと思う!!」
「来てくれたとこ悪いな。今日も帰ってくれ」
へ、と漏れた間抜けな声は戸田川と堀から零れたものだ。
「あの、すみません。一応、理由を聞いても……?」
軽く手を挙げ堀がそう問うと、ドア枠に背を預けたまま佐山は煙草をふかせた。
(…ていうか喫煙いいのか?ここ、一応校舎だぞ)
「……ま、簡潔に言うと、今来てもらったところでお前らのスペースが確保できない。ついでにいうと足場の確保も難しい」
「え、でもデスクは5つありましたよね?佐山先輩は別室だから、俺らの場所はギリギリ足りると思うんですけど……て、え?足場?」
佐山は煙の次にため息も吐き出すとあ〜~、と頭を搔く。
「申し訳ないことに、その君たちの分のデスクの上も奴らのもので侵食されちまってんの。だから今こん中は俺と山田の2人で大掃除の真っ最中。」
そう言って佐山は漫研と張り紙のされた扉を開けた。
「ああー!佐山さん!煙草吸ってんのに扉開けんのやめてって言ってるじゃん!!そのヤニ臭さが俺のタイレッ」
バタン。そして閉める。
「な?」
「は、ははは…」
(あれ、気のせいかな……むしろ昨日見た時より更にゴチャッとしてドバッとしてゴミゴミっとなってたような……)
気付くと堀は取り憑かれたように佐山の横を通り過ぎ、ドアノブを捻っていた。
「だーかーら!扉開けるのは煙草やめてから、だ、って……?」
不満から口をへの字にした部員が顔を上げると、そこに立っていた人物が佐山でないことに徐々に言葉尻が萎んでいく。
並々ならぬオーラをまとった人物────もとい堀は、その劣悪極まりない状態の部屋を据わった目で見渡した。
「───俺も手伝います。」
「始めましょうか、大掃除」
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