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シロツメクサ/白詰草[5]

「いやはやまさか手伝ってくれるなんてさー!スゲー助かる!ありがと!こーちゃんにとだっちゃん!」 「こーちゃん?…あ、いえ、これは俺としてもちょっと見逃せない状況だったので……あ。山田先輩これ捨てますね」 「それは魚介戦隊ギョギョレンジャー・タイレッドお食い初めバージョン!超激レア限定版フィギュアで手に入れるのにすんごい苦労した…て、捨てる!?ギャアアアア!やめてー!!!」 堀は問答無用で魚介戦隊ギョギョレンジャー・タイレッドお食い初めバージョンをLサイズのビニール袋に投獄した。 「大丈夫ですよ。捨てるといっても山田先輩の家に持ち帰って貰うって意味で言ってるんで」 「いやあ、家に置いとくと一緒に住んでる人がさ…」 「知りません。」 「あぐっ」 「というか、山田先輩って本当に特撮モノが好きなんですね。…これなんか俺も子供の頃見てましたよ。」 ああ!これねー!と堀の手元を覗き込んだのは佐山と同じく昨日から面識のある2年の山田だ。といっても昨日会ったのは全身フルコスチューム姿の彼だったので、こうして顔や私服姿を見るのは初めてになる。 背は堀や佐山よりも頭一つと半分程小さい。堀と佐山自体平均よりも背は高い方であるが、むしろ山田は平均よりもやや小さいのではないか?(ちなみにこの中だと戸田川が一番高身長のようだ)栗色の髪で、前髪は鬱陶しいのかヘアピンで上げている。とても純真に笑う人で、その笑顔は毒気を抜かれるというか、敵を作りにくいだろうなと堀は思った。 (それに、ひとつしか年違わないけどすっごい童顔……ちょっと背の高い中学生っていわれても違和感ないだろうな。それにからかい甲斐がある。年上だけど。) 「────っと、ちょっとこーちゃん!」 「あ、はい?」 「やーっぱ聞いてなかった!せっかくこーちゃん世代の特撮モノについて語ってたのに!」 「すみません。…ていうか、さっきからそのこーちゃんって?」 「ん?こーちゃんはこーちゃんだよ?さっき名前聞いた時堀宏人ですっていったの、こーちゃんだろー?ちなみにとだっちゃんは戸田川だからとだっちゃん!」 「ああ、なるほど…?」 なるほど、なのか?と思いつつ堀はほうきを手に取ると、だいぶ露出してきた床面を軽くはき始めた。 「それよりも、山田先輩はここだと特撮担当?なんですよね…?」 「もっちろん!」 「それじゃあ、佐山先輩は一体何を…?」 堀の脳裏にあの別室に敷き詰められし美少女たちが過ぎるが、どうしてもそれと佐山が結びつかないままでいた。聞いたところあの部屋は歴代のサークル長にのみ与えられる個室で、なんとなく、前年度の代表が脱オタとともに残していった遺留品かなにかなのかな、と勝手な妄想を膨らませてはいたのだが 「ああ、佐山さんは萌え系アニメとか少女漫画の担当だよ」 「ですよね。やっぱりあれは過去の遺物で……て、え!?」 「まあ皆は適当に美少女担当って呼んでるけどねー。あの人だけカテゴリが広いから、特定の呼び名がないんだ。」 「へ、へえ……そうなんですか…」 あのハ○ルもビックリの360度異世界空間は佐山が生み出したものだと知り、堀は驚きを通り越して困惑する。人間、見た目と趣味が必ずしも直結する訳ではないのだと学習した。 「…ていうか、言っちゃなんですけど遅いですね。佐山先輩」 佐山は堀たちが来る前から「ヤニタイム」と言って部室を出たきり、堀たちが来た以降もずっと"ヤニタイム"は続行されている。 顔に出して不満げな堀に対し山田はのほほんと宙を仰ぐと手のひらを緩慢な動きで横に振った。 「ああ、いいのいいの〜。あの人のゴーイングマイウェイと暴君っぷりはいまに始まった事じゃないから〜」 「でもあともう少しで終わりそうですし、最後くらい手伝ってくれてもいいでしょう。もともとお二人でやる予定だったんですよね?」 「んん、まあそうだけどー」 「俺、呼んできます」 こーちゃーん、と山田の堀を呼ぶ声を背後に、堀は部室の扉を開けると後ろ手に閉め廊下に出た。ドア枠に立っていたはずの佐山はもうそこにおらず、一体どこへ消えた?と辺りを見渡す。そして視線がある一点をとらえた時、堀は呼吸を忘れた。 佐山がいた。 屋外に面した窓を開け、窓縁に肘を立てて外の景色を眺めている。煙草はもう吸っていない。黒塗りの瞳は何処を見つめているのか。その横顔はわずかに翳りを帯びているようにも思えた。窓から差し込む西日が優しく彼を包み込み、まるで──── 「先輩」 呼びかけると、陰を彷彿とさせる表情はすぅと引いて、その瞳だけがようやくこちらを向く。 「掃除。もう少しで終わりそうです」 「…おー、やるなあ。今日中に終わらせるのはまず無理だろうと思ってたのに」 「俺、結構こういうの得意なんですよ」 「ふーん。そう?」 「てことで、最後くらいどうかお力添えを」 ええー、と難色を示す佐山に近づきその腕を掴むと、ビクリと肩が跳ねた。 「そんなに嫌なら最初から汚さんでください。ほら、行きますよ」 「っ…だって、あそこ俺の私有地じゃないし」 「私有地って…」 やっぱりこの人サボる気だったな…と堀は確信し、さっき出てきたばかりの部室へ入る。既に大方片付けてしまったので後は少しの拭き掃除くらいで十分だが、すぐ近くで雑巾を絞っていた山田は驚いたように声を上げた。 「うわ、こーちゃんほんとに佐山さんのこと連れてきちゃったんだ!ていうか連れてこれたんだ…」 「?はい。…さ、あとは簡単な拭き掃除だけなんで。佐山先輩」 「…っはあ、わかったよ。やる。山田、そのしぼったのちょーだい」 山田は感嘆の表情のまま佐山に濡れ雑巾を渡すとわなわなと震える。 「こーちゃんこーちゃん、一体どんな魔法を使ったんだい?あの佐山さんをこき使うだなんて…っ」 「いや、むしろこき使われてたのは俺たちの方だと思うんですが」 (現に佐山先輩普通にサボってたし…) 「それにしてもすごい事だよ!…ああ、佐山さんが棚を拭き掃除してる…しかも自分のじゃない他人の棚を…」 過去にどれだけ横暴の限りをつくしたのは分からないが、山田の反応を見る限り"アレ"は非常に珍しい光景のようだ。棚に拭き掃除を施していく佐山先輩を見て、つぎの瞬間堀は青ざめた。 (そういえば、昨日の佐山先輩は超怖かった…) 圧のかかった笑顔。決して笑っていない目元。ワントーン低く紡がれていく言葉。真横にぶっ飛んだテーブル。 ……確かに恐ろしい。山田が驚くのも感動するのも頷ける。なぜ先程の自分は彼に対しあんな口を叩けたのか?怖いもの知らずとしか思えない自分の行動に、堀はあの時佐山がキレなくて本当に良かったと胸を撫で下ろした。 「終わった」 「え?」 気が付くと目の前に佐山がいて、雑巾はとっくに手の内から消えていた。 「もうですか?全部?」 「終わったって言ってるんだからそうでしょ?」 「ああ、ちなみに佐山さんはベースがやる気のない他力本願思考なだけで。いざやると大抵の事は要領よくこなしちゃうんだよね」 隣で山田にそう耳打ちされ、堀はげんなりと肩を落とす。 「なんなんですか。それ…」 「ま、天才ってこった。それより戸田川はどこだ?これからお前ら2人に話しておきたいことがあるんだけど」 「あれ、そういえば…」 戸田川は最初の頃に反対側の棚でコレクションと格闘しているのを見たばかりなのだが…… 「スゲー、スゲー!これも…これも。俺が大好きなやつばっか!!」 不意に聞こえてきた声。いわずもがな戸田川のものだとすぐに分かる。一同は声のした方を向くと、そこには窓際と棚の間に背を向けた状態で綺麗に身を収めている戸田川の姿があった。 「戸田川?」 「…っ、あ、はい!何ですか部長!」 「ちょいちょい、こっち来て。話したいことあるからさ」 戸田川がバタバタとこちらに走り寄る。いつからあそこに居たのか。特段影の薄いやつではないが(むしろ快活な性格からよく目につく方だ)、全然気づかなかった。 「はい。集まったところでチューモーク」 堀が別に思考を走らせていたところ、佐山が手をパンと叩いた事で全員の意識が彼に集中する。彼は続けた。 「新入生歓迎会をね。やろうと思います」 「お!いいですね!新歓!」 そう盛り上がったのは戸田川だ。 「そうそう。毎年特に手の込んだことはしてなくて、今年も例年通り居酒屋でパーッとに決定したから。てことで、全員今週の華金は空けとけよ?夜6時からな。店は後日知らせる」 「はい!」 「はい。…山田先輩は知ってたんですか?」 堀が山田を見る。山田はこくこくと頷くと明るく言った。 「まあねー。話自体は先週から出てたから。もう一人の1年生に佐山さんが話してるのも聞いてたし!」 「へえ、先輩も来るんですか?」 「もっちろーん!ていうか基本全員参加だからね。ね?佐山さん」 「余程のことがない限りは」 「マジですか」 「ああ。戸田川の感激してたB級映画コレクターも含め全員来る。」 「え!」 よくみると戸田川の手にはB級映画と思われるパッケージが数枚。先程盛り上がっていたのはこれを発見してか… 「ついでにいうと明日から顧問の事情で部室も閉められるみたいだから、新歓で初めて全部員顔合わせって感じだな」 (全部員かあ…ていっても、まだ会ってないのって2人、だよな?) 一体どう言う人達なんだろう、と、堀は未知なる部員へ思考を巡らせた。

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