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シロツメクサ/白詰草[6]
「はははははじめましてッ……ぼ、僕、おっおひ、おお鬼ヶ原(おにがわら)…って、い、いいます…。いっい1年です。よ、よ、よろしく…」
先日あれだけ思考を巡らせた残りの漫研メンバー。少なくとも、その内の1人は堀の想定の範囲内を軽々と超えてきた。
「えっと、大鬼ヶ原くん…でいいの?俺は堀って言うんだ。よろしく」
「俺は戸田川!よろしくな〜、大鬼ヶ原!」
「あ、あああの、おっ鬼ヶ原、です…。大鬼じゃなくて……すっすすすみませんん」
そう言ってジョッキ(烏龍茶)で顔を隠す鬼ヶ原。しかし彼の場合、頬上まで伸びた黒髪癖毛が既に瞳を隠してしまっているので、その行動にあまり意味なさそうだと堀は思う。
堀と戸田川の他に1年生がもう一人いる────というのは以前から前もって知らされていたことだ。いざ会ってみると、彼はどうやら極度のあがり症のようで、先程から俯いてばかりいる。
「あ!ごめん。鬼ヶ原くん」
一言謝罪を入れると鬼ヶ原はほっとしたようにジョッキをテーブルに置いた。ほっとした鬼ヶ原にむしろ堀がほっとする。
堀はサッと店内を見渡した。ガヤガヤと活気に賑わう様子はまさに大衆居酒屋のそれだ。今宵、K大漫画研究サークル御一行は毎年馴染みのここ"居酒屋すい"の座敷にて新入生歓迎会の真っ最中。
新入生が集まったところで佐山が適当すぎる音頭をとり、乾杯、その後堀が鬼ヶ原に声を掛け、今に至る。
ちなみに堀から見て廊下側に右から山田、鬼ヶ原、戸田川、テーブルを挟んで奥側に右から佐山、堀がそれぞれ席を占めた(何故か頑なに山田が佐山の隣を推してきた)。
「…それより良かったんですか?臼井(うすい)先輩…でしたっけ。とうとう待たずに乾杯しちゃいましたけど」
堀は隣の佐山と斜め右に座る山田に話し掛ける。全員集まると思われた今回の新歓。しかし既にひとり欠員…いや、まだ確実に決まった訳では無いのだが、この場に到着していないメンバーが1人いた。堀の言葉は、その1人に気を遣った結果から出たものであった。
「あー、だいじょぶだいじょぶ。ていうか、今日はもう来れないんじゃない?アイツ」
「え?」
堀が首を傾げた時だった。テーブルに投げ出されていた佐山の携帯がブーブーと振動する。思わず視界に入ってしまった発信元は────"臼井"。
まるでタイミングを見計らったかのような着信に佐山はすぐに応答した。常ならばこういう時には席を外すものだが、電話の相手が相手なので佐山もその必要は無いと思ったのだろう。
「ねえお前何やってんの?」
「もうお前以外全員集まって乾杯もした」
「…また?まあ別に来れないなら来れないでいーけど」
「でも飲み代は払え。俺と山田しかいないんだから。……冴島(さえじま)?はは、それは望み薄。てか今の全部冗談」
「とりあえず週明けは顔出すように。じゃ」
佐山が通話を切る。
「臼井さん?やっぱダメって?」
話の動向から概ね察したのか、山田が確信を持って佐山に尋ねた。案の定頷く佐山に、ええ!と落胆の声を上げたのは戸田川だ。
「B級映画の臼井サン…オレ、会うのスゲー楽しみにしてたのに〜…」
「ま、忙しいやつだからね。残念」
と言いつつ微塵も残念そうにしていないのが佐山らしい。戸田川とは全く対称的なそれに堀は曖昧に笑った。そして、なんとなく気になったことを聞いてみる。
「臼井先輩ってどんな人なんですか?」
「うーん、一言でいうと〜〜…微笑」
そう答えたのは山田だった。
「び、びしょう……」
「うん!笑顔ーっていうよりは、なんかそんな感じかなあ。常に微笑んでる!」
「うさんくさいけど」
「へえ…」
ここにいるメンツだけでも色々と濃いのだ。よもやそこまで聞いただけでは一体臼井がどういう人物なのか、正直堀は全く想像出来ないでいる。そして想像するのが少し怖いとも思っている。
「あ、ちなみに臼井さんは佐山さんよりもひとつ年上だよ!」
「え!そうなんですか!」
(あれ、でも…)
「でも臼井先輩って確か3年ですよね?」
「…去年は休学してたから。アイツ」
「ああ、なるほど。それで…」
そこまで会話が続いたところでビールをあおりながら喋っていた佐山が堀をじっと見てきた。
「な、なんです、か」
「…いや。そういやお前と戸田川はもう決めた?自分の担当」
何かは分からないが何かを誤魔化された気がして呆気にとられる堀をよそに、佐山は戸田川にも声をかける。ああ!と声高らかに山田が盛り上がった。
「それ俺も気になってたんだー。二人はどんなジャンルに興味あるの?」
「オレと堀ですか?…てことは鬼ヶ原はもう何か決まってんのか?」
「あっあ、えっと、ぼ僕はその……オカルトとか、そっそういうのが好きで…」
そういえば大掃除の最中いくつかそれ関連の物品をいくつか見たかもしれない。他の部員のものが膨大すぎて、今の今まで忘れていた。
というよりこの時の堀はそれ所ではなかったのだ。焦るのも無理はないだろう。だって、自分には何もないのだから。
(ああそっか!俺、特に動機もないまま入っちゃったからなあ…)
「で、こーちゃんは?」
山田に話題を振られても、堀は「あの」やら「えーと」やらを連発した。連発せざる負えなかった。いまだ自分の反応を待つ周囲の視線が痛い。
堀は心中でそうだよな、と呟く。
このサークルに集まる人達は皆何かしら熱中できるものがあって、それを共有したくて集まっているのだ。先輩の圧(というよりただの脅し)に負けて入った自分にそもそも趣味といえるようなものは────
「あ、でも」
(草花とかは、昔から好きだな。)
「植物とか好きそうだよね」
(え…)
「佐山先輩、なんで分かったんです?」
口に出そうとしたことを見事に先に言われ、驚きから堀は佐山を見た。佐山本人といえばチラリと堀に視線をくべると、再び逸らす。
「なんとなく。それにほら、お前道草も踏めないくらい生真面目そうでしょ」
「ちょっ、どういう意味ですかそれ!!」
「へー?こーちゃんは植物好きなんだ?これまたなんで?」
「…あ、うち両親が花屋やってるんです。刷り込みっていうか…昔から草とか花とか結構好きで…似合わないですけど。はは」
「えーなんでー!すんごい良いじゃん!!ていうか似合わなかったら佐山さんだってこーちゃんの好きなこと一発で当てたりできないよ!ね?佐山さん」
「戸田川ー、生たのんでー」
山田の言葉は佐山にこそはぐらかされたが、堀はとても嬉しく感じた。頬の筋肉が緩んでいくのが分かりつつ、ありがとうございますと礼を言う。
「…で、で、とだっちゃーん」
「え?あ、はい!すいませんちょっと待って……えっと生ひとつ。はい。あ、以上で!おねがいします。…なんですか?」
「とだっちゃんは最初から入る気満々だったよね。何が好きなの?」
「あ、俺っすか?」
そういえば堀でさえ戸田川が何をもってして漫研に入りたがっていたのかまでは知らない。わりと何にでも柔軟にのめりこめるやつだった印象があるが……運動もできるなのでアウトドア系だろうか?でも漫研に入っといてアウトドアって────
「BL漫画です」
恐らく戸田川以外の全員がぽかんとしただろう。
「…?」
静寂の後、ようやく各々が戸田川の一言に対しリアクションを見せ始める。ハテナマークを飛ばす堀に、その横で肩を震わす佐山、頬を赤らめる鬼ヶ原に、興味津々の山田だ。
「…え、なにこれ。分かってないのって俺だけ?」
「こーちゃん知らない?」
「ようするに、男と男の恋愛漫画だよ。ボーイズラブってやつ?」
「ええ!」
(戸田川、おまえにそんな趣味が…)
衝撃を受ける堀と違い、戸田川は別段何でもなさそうに烏龍茶を飲む。
「あ、でも勘違いしないで欲しいのは、俺別にホモとかじゃないんで。そういう願望もないし」
「分かる分かる〜。好きだからってそうなりたい訳じゃないんだよねー。ただただ好きっていうかさー。俺の特撮に対する思いもそんな感じ…」
「いや、お前はわりとなりたがってると思う」
「あ、佐山さん笑い収まった?」
「おかげさまで。いや悪いね。1人ついていけてない堀が面白くって」
「え!佐山先輩俺のことで笑ってたんですか!」
「他に笑うとこないだろ?」
佐山にからかわれ堀も言い返す。それを見守る山田の隣では、戸田川が鬼ヶ原のペースに合わせ会話をしていた。
奇人変人の集まりに変わりはない。自分自身、サークルに入ろうと思ったまともな動機もない。────それでも堀は自分の心の片隅で、何だかここを好きになれるような気がした。
-第1話『シロツメクサ/白詰草』了-
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