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リコリス/甘草[2]
※性描写あり
「......え?」
(今、本気でなんて言った...?)
佐山は堀の手首を掴むと身体の方へ引き寄せ、足を取られながらも立ち上がった堀の手を引いて先を歩いていく。
頭が処理しきれなかったのか。完全に佐山の言ったことを聞き逃した(あるいは理解が追いつかなかった)堀は導かれるまま、当然その手を振りほどくこうとは思わなかった。
佐山は寝室の扉を開けると何も言わず堀を中へと引き入れる。
「あの、先輩......?」
堀の動揺を滲ませた声色が佐山に向けられるが、それに対する配慮はついになかった。
「ッ、うわ!」
問いかけも虚しく、言葉を続ける前に大きく急転した視界。開けっ放しの扉から漏れるリビングの光のおかげで、視線の先には電気の点いていない照明があることがわかる。あとは背中に感じる柔らかい感触だけ。
堀が得られた視覚情報はたったふたつ。けれど、それだけで彼は十分理解に及んだ。間違いない。自分は今、
先輩に、押し倒されている。
「大丈夫。気持ちいことしかしないからさ」
「ちょ、ちょちょちょちょ...!」
先輩の言動から堀の理解は確信へ、そして確信は事実へと形を変えた。あまりに遅すぎる現状把握。
堀の上に乗り上げた佐山の手は既に自分のスリムパンツへと伸びている。
「あ、」
じりじりと下ろされていくチャック。
堀は己の背中がすう...と冷えていくのがわかった。
(ヤバイ。これガチなやつだ。このままじゃヤられる。完ッ全にヤられる。どうする。殴るか?先輩、だけど、)
いや、この状況でそんな事構ってられるか。と堀は思い直す。彼が躍起になるのも無理はない。何せ自身の貞操がかかっているのだから。
自分が出せる最大限の拒絶と威圧を眼光にのせ、堀は自分に覆い被さる男を睨めつけた。
「っ...」
けれど、何故だろう。佐山本人の顔を見た時、覚悟に力を溜めていたはずの堀の拳は無意識に弛緩していった。気を無くした。戦意を失った。どういう言葉が適切なのか。そして一体自分はどうしてしまったのか、分かるようで分からなかった。自分自身のことであるにも関わらず。
複雑化した感情。堀にさえ名前をつけることが難しいその思いにも、しかし唯一表面化された所がある。
それは、ただただ綺麗という印象。
一瞬、自分が彼に愛されてるみたいな錯覚に陥った。勿論堀は佐山に対しそんな気を起こしたことは一度もないし、そもそもこの人とはこの間会ったばかりだ。愛したいという気持ちも愛されたいという気持ちも持ち合わせていないのに、我ながら馬鹿なことを思ったと思う。
(それでも、あんな風に笑われちゃあな...)
ほんの少しの間だったけれど、堀が佐山を睨みつけた時、2人の視線と視線がぶつかった。
すぐに俯いて分からなくなったが、はっきりと目に焼き付いた佐山の表情は佳麗で愛愛しく、そして何処かうら寂しさを湛えているようにも思えて...
「っあ...」
そうこうしているうちに馬鹿な自分はこの状況から抜け出す機会と術のどちらも無くしてしまったようだ。堀は、佐山の指先が布越しに自分の陰茎を滑ったことでようやくその事に気付いた。
ごちゃごちゃと佐山について考えてるうちに、彼は彼で自分の履いていたスキニーパンツを脱ぎ捨てていたらしい。自分の上に乗せられた程よく筋肉に覆われている白い腿が目に痛い。
「...堀...」
吐息に乗せて佐山が名前を呼ぶと、彼は堀の下着のゴム部分を指先でひっかく。パチン、と軽く音がして、堀の耳にその音はよく響いた。
佐山が堀の股間に顔を寄せると、ようやくその白い指先で堀の下着をずり下げる。現れた男根は当たり前だが兆すまでいかず、萎んだ状態で佐山の前に現れた。
「先輩?!...っく、ぅ...」
まだ張り詰めていないそれを佐山はなんの抵抗もなく口に含む。視覚的にありえない光景に薄々この先を予期していた堀でさえ目を見張った。しかし驚きの表情はすぐに歪められ、佐山の口内で刺激を受けた自身からビリビリとした甘い痺れが彼の体を駆け巡る。
堀のものを咥え込みじゅぷじゅぷと卑猥な水音をたてながら奉仕する佐山。その痴態を堀は両肘を立て上体を起こす体勢で見ていた。といってもこの時の彼に佐山を制止する気力や体力は、既になかったのだけれど。
最近自分で処理することを怠っていたせいか。それとも単純に佐山の口淫がうますぎるのか。堀の陰茎は佐山にしゃぶられながらどんどんその質量を増していく。
どれだけされていたのだろう。今度はすっかり立ち上がったそれに佐山は指をかけると器用に上下に扱いていった。その合間に舌先で亀頭を刺激するのも忘れない。
「せん、ぱ...っ」
少ないモーションで、的確に堀の気持ちいいとするところをついてくる。情けないことに堀は限界だった。いや、我慢しようと思えば出来たのかもしれないが、何よりも堀自身が、この過ぎる快楽から一刻も早く解放されたかった。
「...ッも、でる...」
堀の訴えは佐山に届いたのか。快感に歪めた瞳を佐山に向けた時、堀は佐山が自分の意図を少しも理解していないことを知る。
暗に「顔を退けろ」という意味で告げたはずの言葉を、佐山はどう受け取ったのか。彼は堀の陰茎を再び深く咥えこむ口淫へと移行していた。
「!...」
気づいた時にはもう手遅れで、遂に迎えてしまった久しぶりの絶頂。堀は腰を震わせドクドクと滾る白濁を佐山の緋く濡れた口内へ注ぎ込む。
「ッは、はぁ...あ、あの、」
堀は荒く息を吐いた後気遣わしげに佐山を見た。といってもこの場合気遣われるのは襲われている堀の方なのかもしれない。しかし、この時の彼の頭の中は現在進行形で先輩の口の中にある自分の精液のことでいっぱいだったのだ。
「す、すいません!汚いんで、吐いてくだ───ッ!?」
これまた不必要な謝罪を述べ、佐山に自分がぶちまけたそれを吐き出すよう言った時だった。
「なッ...」
最早事態は堀のキャパシティを優に超えている。堀はそう悟ると同時に絶句した。
その原因は紛れもなく目の前で堀の精液を嚥下した佐山にあるわけで。なんの躊躇もないそれに堀は何度目かの目眩を感じるようだった。
そしてもうひとつ付随してくるもの。襲われ犯されているのは自分であるはずなのに、自分が彼を汚してしまったような。そんな感覚。
佐山は堀の横に手を付き顔を覗き込む。
再び伺えた佐山の表情はやはりどこまでも読めない。
「先輩...」
なんというか、ふとした時に消えてしまいそうなのだ。そしてそう思ったら最後、堀は佐山に対して何も出来なくなる。彼を殴ってこの場を逃げることも、怒鳴り声をあげ彼を責め立てることも。
拒むことの一切を忘れてしまったかのように、彼に自分の何かを分け与えてやりたくなる。そしてそのまま、ずっとこちらへと留めておきたいとさえ────
...確か、つい最近も似たようなことを思った気がしたが、果たしていつだったか。
続く佐山の動きは緩慢だった。ただほんの少し腰を浮かせて、するりと自身の下着を取り払う。現れた佐山のものも先端から先走りが垂れる程には張り詰めていて、堀はごくりと生唾を飲み込んだ。
次いで佐山はベッド脇の収納に手を伸ばした。取り出したそれは暗闇で薄ぼんやりとはしているが、おそらくローションだろう。彼はそれを手に取ると、手の平いっぱいに垂らし指先までまんべんなく塗り広げていく。粘性を伴った独特の水おとが、堀の鼓膜を突いた。
「...っん、ぅあ...」
佐山が突然艶めかしく喘ぎだし、堀はなにごとかと顔を上げる。勿論堀は何もしていないし、彼も堀に何かをしている様子は見受けられない。けれど、なぜひとり恍惚としているのか。
「ふ、んっ...ん...」
ビクビクと痙攣する佐山の内股を目にした時、堀は目に見えずともようやく彼が何をしているか理解できた。
後ろに回された佐山の手はおそらく彼自身の尻穴に挿し込まれ、その指先はぐにぐにと辺りを拡げるように動かされているのだろう。
情欲に頬を染めながら堀を見下ろし行われるその行為は、さながら佐山の自慰風景を見ているようだ。堀は知らず知らずその薄桃色の頬に手を伸ばしていた。
「あッ、ぁぁ!ん...」
(なんか、かわいいな...)
堀の手のひらに頬擦りしてくる佐山。従順なその仕草にやられて、急速に下腹に血が集まっていくのを感じる。喘ぐ声もより一層高まったところで、彼はしばらく押し拡げていた後口から指を抜き、浮かせていた腰を少し手前へ寄せていった。
「...め、...」
「え...」
佐山の後口が堀の陰茎を飲み込む。裏を返せば、堀の硬く怒張したものが、佐山を徐々に貫いていった。ローションと指先で十分に解れた後口は堀を悦んで迎え入れ、こぽこぽと歓喜の声さえあげてみせる。
「!ぅ、ぐ...」
「ッああ、あっ、あっ...」
ゆっくり。ゆっくり。佐山は腰を下ろしていった。丁度一番径の長い雁首が入口を占め苦しいのだろう。しかし彼は下肢を僅かに震わせながら、それでも確実に体重をかけていく。
時間をかけ挿入し、雁を通過した辺りで一旦動きを止め、荒く息を吐き、また進む。
息が詰まるような思いに思考を麻痺させる快楽が混ざって、佐山の口からは常に控えめな嬌声が漏れていた。
「ッ、ッ...ん、んう」
そうして全てを飲み込むと、佐山はひとりでに腰を揺らす。そうして互いの快感を酷く煽るのだ。柔らかな恥肉に自身を包まれ嬲られながら、堀はただただ、されるがまま。目の前の麗人を構成する何もかもに、五感全てが煽られていった。
ふたりの口からそれぞれ熱い吐息が溢れる。
快感からとうの昔に脳髄は溶かされ、秘められし場所で絶え間なく情交を交わす。
一方は内腿まで濡れそぼった肉壺を、一方は自身を突き刺す熱い肉棒を。何度も何度も抽挿を繰り返し貪り合う。
日付はとうに明日を過ぎていたが、それは本人達の知るところではなかった。
薄暗い闇の中、言葉も交わさず響くのは、ふたつの喘ぎ声と、卑猥な水音だけ────
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