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第38話
投げられた仁川はすぐに立ち上がり、ぐいと久我の胸元を掴む。
ざわりと周りの取り巻きも気色ばむ。
遠巻きに人が増えて注目されているので、やめて欲しいなと思い、仁川の肩を掴んだ。
「やめとけ」
「……っ、でもよッ」
「大事な幼馴染なんだろ。貴方もこんなに人がいる中で俺を攫おうってわけではないんだろ」
「正攻法で、お茶にでも誘いにきただけだよ」
さらっと栗色の手入れをされた髪が風に靡く。
「……そうですか。その前に、俺に言うことあると思いますけど」
仁川の腕を掴んで久我から離させると、身体をどけて彼を見下ろす。
俺は彼には謝罪されていない。
それが何になるかは分からないが、今更正攻法とか言われても気持ちの整理がつかない。
「言葉を欲しがるタイプなのかい。田中君は。仕方がないな、僕は田中君が好きですよ、だから付き合いなさい」
何を勘違いしたのか、突然飛び出した告白に俺はびっくりして目を見開いた。
「……そうじゃないんだが」
コミュニケーションがとれずに、困り果てて仁川を見ると彼も口をあんぐりあけて驚きで顔を硬直させていた。
しかも命令口調で付き合えとは、ありえないなと呆れかえる。
「俺は、あの日のことを貴方から謝罪されていないし、貴方はまるでそれは正当な行為だと考えているかのようだ。そんな相手と、お茶は危険でできないな」
はっきり言って仁川の腕をぐいと掴み、寮の方に向かおうと踵を返す。
相手にしているだけ、時間の無駄である。
グイッと腕を掴まれて振り返ると必死の形相の久我の顔を見つける。
「ちょっと待ってくれ。謝罪をすればいいんだな」
「そういうものじゃない。気持ちがないのなら、しなくてもいいです」
久我に告げると、完璧無比の男のプライドを打ち砕かれたのか、拳をぷるぷると震わせて俺をじっと見つめる。
「……別に、俺は男ですから、そんなに心が折れたとか、傷ついたとか、再起不能になるとかはないですが、悔しいとかそういう気持ちはあるので」
好きだとかの前に俺の気持ちも考えてくださいと告げて、久我から離れて寮へと向かった。
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