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第3話
丘の上に建つ東陵学園は、中部地方の比較的のどかな市にある私立男子校だ。
特進科の生徒はいい大学に入るため厳しい授業を受けてるし、スポーツ科は成績残すために毎日遅くまで練習している。でも普通科の生徒の多くはそのどちらのプレッシャーもなく、のんびり高校生活を楽しんでいる。俺を含めて。
都会の高校みたいに派手さはないけど、友達がいて手が届く範囲の幸せがある。
学校中本当に男子だらけだな、と言うのがこの学校に初めて来た時の印象だった。共学の中学から来るとかなり違和感があった。漠然と思い描いていた高校生活は、中学の時と同じように男女が混ざっていて、クラス内や部活で彼女作って青春するイメージだったし。
でも、そもそも俺がこの高校に来て一番ほっとしたのは、実は女子がいない事だった。
背はあまり高くないし、母親譲りの細めの骨格に、認めたくはないけどかわいいと言われる顔。だからって、女子カテゴリーに入れられていい気分なわけはない。
文化祭や体育祭で帰宅が遅くなる時もひどかった。
「男子、野原君をちゃんと送ってね」
「僕、男だから大丈夫だよ!」
反論したって聞いてもらえずに、気まずい感じで送っていってもらったっけ。一度は「暗いから、野原が転んだら大変だ」って手を繋がれた事もあった。
「男の手なんか、嫌じゃない?」
それでも繋いだ手は解かれなかった。黙ったまま暗い夜道を二人で歩いて帰った不思議な思い出。あの時、繋がれた手がかすかに汗ばんでたのは何でだろう?
女子に言われたからって男を送るのが嫌だったんだろうな思うと、ごめんってあやまりたくなる。
だから東高 に決まった時自分を変えようって思って、僕じゃなくて俺って言うようにしたんだ。
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五月上旬の体育祭も終わり中間試験の準備を始めるまでの僅かな息抜き期間。校舎をはさんだグラウンドからは、そんな短い期間でも時間を惜しんで練習している運動部の声が聞こえる。
既に暑くなり始めた初夏の日差しの中、校門から最寄り駅まで丘を下ってだらだら歩いて行く。
昨日まで半開きだった待合室の窓も、今日は風を通すために全開になっていた。
単なるタイミングの問題なのか他の高校で何か行事があったのか、今日は狭い空間にうちの生徒ばかりがたむろしていた。
ノート見たり一人で勉強している三年生。学年関わらず雰囲気からして近寄りがたいのは特進科。出入り口付近にかたまって話している邪魔なのは一年生。
いつも一緒に帰っている友達は病院に行くとかで家の人に車で迎えに来てもらってるから、今日は俺一人。手持無沙汰になってスマホを弄りながら今日の夕ご飯何かな、なんてどうでもいい事を考えてた。
「野原、ここ空いてる?」
ちょっと低めの声で話しかけられ、画面から視線を上げたら広世が俺の隣を指さしていた。
「ああ、あうん、どうぞ…」
礼を言いながらすとんと座った広世は、そのまま何も言わずに端末の画面にすごい勢いで指を滑らせ始めた。
ゲーム? メッセージアプリやSNSじゃないよな。
集中しているから話しかける事もできず、俺は黙って自分の画面に視線を戻した。同じクラスの奴が隣に来て何も言わずに携帯見てるってことは『話しかけるな』って事位俺にも分かる。
別に仲いいわけでもないし、話したい事があるわけでもないけど、何故か心がちくっと痛む。
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