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第4話
ふう、と軽く息を吐いて、携帯をポケットに入れて窓の外を見た。葉桜がふわふわと揺れている。春から夏に移ってく時期は空が眩しい。そう言えば今年は桜餅食べてなかった。
「悪いな、忘れないうちに書いておきたくってさ」
近所の和菓子屋さんに寄って帰ろうかな。まだ売ってるよな?
「なあ、全然関係ないけど野原って彼女とかいるの?」
桜餅と道明寺なら道明寺がいいけどこの辺じゃ滅多に見かけない。道明寺も美味しいのに何でだろう。うん、和菓子は何でも美味しい。五月だと柏餅。もう少し暑くなったら水羊羹、くず…
「なぁ、野原、聞いてる?」
「は? え? 俺?」
突然名前を呼ばれて驚いた。さっきから聞こえていた声は広世だった。
「うん、良かった無視されてるのかと思った」
しないしない、する訳ない。
「え、と、何?」
「駅であんまり会わないけど、彼女と会うために急いで帰ってるのかと思ってさ」
「彼女……は、いない」
いたこともない。
変な間を挟んだ俺の言葉に広世の目が細められる。
あ、コンタクトになったから、これまでレンズの後ろにあった瞳がよくみえる。こんな形で、こんな色だったんだ。艶のある黒髪と同じように深い色の目がきれい。色素が薄いせいで赤味がかった俺の髪や瞳の色と違う。
「なにそれ?『彼女』はいないんなら『彼氏』はいるの?」
どこか試すような声色で聞かれた。
彼氏って、つまり男と付き合ってるか? 何で……俺が女みたいだから?
中学の時を思い出し少し気持ちが波立ったのを打ち消すよう思い切り頭を横に振ったら軽くめまいがした。
「いないいない!彼女も彼氏もいない!」
「そっか」
ふらふらするのが恥ずかしくて、焦って顔が赤くなったのが自分でも分かる。揺れる視界の中でどうにか隣を見ると、広世は唇の片端を上げて笑い再び画面を見て指を動かした。数文字分何か書いてから手を止めて何か考えている。口元は相変わらずきれいなカーブを描いて微笑んでいた。
「もう五月も半分過ぎたのに、野原とはあんまり話した事なかったな」
「そうだね」
(広世はいつも何かやってて忙しそうだし。)
と心の中で答えていると踏切の音が聞こえてきた。
「広世、さっきすごい勢いで書いてたけど、また朗読劇でも書いてるの?」
俺が興味持ったことに驚いたのか、広世は一瞬目を見開き照れくさそうにくしゃっと笑った。
あ、こんな顔もするんだ。
間近で見たはにかみ顔を見て、ようやく自分と同じ年のクラスメイトだと思えてきた。
「気になる? まだ推敲してないけど、今度…ようか? ……でよけ……いよ」
音の割れた構内アナウンスで後半はよく聞き取れなかった。間もなくホームに広世の乗る電車が入ってくる。俺とは反対方向。
「ああ、うん。読ませて」
俺の言葉に広世は軽くうなずいて立ち上がり、片手をあげてホームに出た。すっと伸びた背中が何だか楽しそうだった。
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