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第5話
そんなことがあってから俺は何の気なしに広世の姿を追うようになっていた。
広世は授業中も何か書いていた。指されることのない日本史の時間はさらにめっちゃ書いている。授業中は一応スマホ禁止だから、考え込んではノートに何か書き止める。休み時間だって、友達と話してない時や、教室移動中に画面に指を滑らせていた。
とにかく忙しなく指が動いている。
始業のチャイムが鳴って先生が教室に入ってくるギリギリ。怒られないタイミングですっとポケットに滑り込ませるから、見ているこっちの方がどきどきする。
だから、生物の授業のために理科棟に向かっている時に声をかけられて驚いた。
「なぁ、野原は俺がコンタクトにしたこと知ってる?」
「うん、知ってるけどなんで?」
「うーん、眼鏡してた時より矯正視力出てるんだけど……よくこっち見てるなーと思って。そんな違和感ある? 気のせい?」
え? そんなに見てた? ちょっとキモいやつだよね。
「なーんて、自意識過剰か、俺」
気のきいた否定の仕方が分からずに広世を見上げると、なに?って悪戯っぽい表情でこちらを見ていた。緩くウェーブする前髪、その下の切れ長の目の形がかっこいい。下瞼に微かなしわを作りながら弧を描いて細められると、つられて笑顔になってしまう。
俺より十センチ以上高い所から涼やかな顔が近づいて耳元で低い声が響いた。
「そんなにじっと見られると、勘違いしちゃうよ」
「!」
柔らかい声にびっくりして反射的に首を竦めた。 擽ったさと鼓膜に残る甘い振動が心地よく、顔がにやけてたのに気付いて慌てて表情を引き締めた。
勘違いってなんだろう。それより、挙動不審な変なやつって誤解されたらどうしよう。
「おらおら、おまえらいちゃついてないでさっさと歩けよー」
いつの間にか廊下の真ん中で立ち止まっていた俺達の間を、クラスメイトの原田がわざとらしくかき分けていった。
「いちゃ……ついてなんかないっ!」
そこから先の言葉が続かずに口をパクパクさせる俺の隣で広世はあっさりと笑っている。
「ハラショ、邪魔すんじゃねーよ」
「おーおー、失礼しました」
手を振りながら歩いて行く原田将呉 が歌う、無駄に上手い森のクマさんのメロディーが遠ざかって行く。
クマさんのいうことにゃ おじょうさんお逃げなさい♪
すたこらさっさっさーのさ……♪
「なんだあれ?」
キョトンとする俺に広世が、苦笑いした。
「さあ、花苑女子学園 に好きな子ができて浮かれてんじゃね?」
「そうなの? もう、付き合ってんの?」
「いや、片想いだって。すっごいかわいくて感じのいい子で、東高 だけじゃなくて西陵高校 ににも狙ってるやつがいるから絶対無理だろってみんな言ってるけど、本人は絶対あきらめたくないらしい」
「はは、ハラショらしい。カラオケでラブソングを延々と熱唱しなけりゃいいけど」
ハラショはいい奴だ。明るいし、友達思いで気が利いて、俺が困ってる時もすぐ助けてくれる。
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