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第6話

 午後になって降り出した雨は下校時刻になっても降り続いていた。雨の日自体は嫌いじゃないけど、駅までの道のりを考えると少し憂鬱になる。  この学校(東陵学園)は校舎からの眺めがいいのがウリだけど、特に梅雨時は 丘の上と言うこの立地が恨めしい。  校門から歩いて十数分、駅前の商店街を通る頃にはズボンの裾はすっかり重くなり靴の中まで濡れていた。  駅に向かう途中、前を歩く女の子の集団を追い抜こうとしたら、向こうから自転車がきた。少し身を引いて避けたら斜め前にあった傘が傾き、表面ではじかれていた雨粒が集まって自分の方に流れてきた。体温より低い雨がカッターシャツの肩を濡らす。  わざとじゃないことは分かっているし、どうせ雨で濡れているからと気にしなかったけど、別の子に肘でつつかれて振り向いた傘の持ち主と目が合った。  花苑の子だ。ピンクと黄緑の傘の中で申し訳なさそうに軽く会釈されて、同じようにちょっと頭を下げる。小さな唇が、すいません、の形に動いたのが分かった。  同じ学年なら三年間同じ駅を使うことになるから、それなりに知り合いになるし、こんな感じのきっかけで付き合ってるやつもいるらしい。  さっき挨拶してきた子は一つ下だった。  雨のせいでいつもより人の多い待合室。湿気が肌にまとわりついてくる。ハンドタオルで濡れた肩を拭きながら立っていると声を掛けられた。 「さっきはすいません、水かかりましたよね?」 「大丈夫、こっちこそちょっとぼーっとしてたから、ごめんね」 「いえ……そんな 」  本当に気にしていないのだから大丈夫、というつもりで笑顔を作って首を軽く横に振った。ほっとした表情になったけど、彼女はそのままそこに立っていた。 (ふぅ……)  ため息と普通の息の中間あたりの吐息。  こういうのはちょっと苦手。無理に会話を続けなきゃいけない訳じゃないけど、何となく期待されてるプレッシャー。  とは言え共通の話題もないから、ハラショが好きな子とこんな風になったらがんばっちゃうんだろうな、とか勝手なことを考えていた。  ぼんやりと入口横の券売機の方を見ていると、視界に入ってきた人影に注意をさらわれた。  生徒会の新井だ。顔見る前からピリピリ感じる存在感。電気でも出てんのか?いや、オーラ?何にしてもすごいな。  その向こうに広世が見えた。こっちを向いたから、反射的に手をあげたら手前にいた新井もパッと振り向いた。  軽く微笑んでるのに、全然笑っているように見えないイケメン。こんな風に何もしなくても人が集まって来たりモテまくってたら、この先どんな人生になるんだろ?  そもそも、そう言うことに興味があるようなタイプにも見えないけど。  世の中不公平だ、って別にモテたい訳じゃないけどさ。  憧れでもなく羨望にも満たない気持ちが俺の中をぐるぐるまわっている内に、広世が隣に来て、さらにその隣に新井が並んだ。反対側にいる女の子が俺を通り越して向こうを見ているのがありありと分かる。  つい見ちゃうのは俺も同じだから、気持ちは分かる!でも、なんか肩身が狭い……。  俺はメインディッシュの横のパセリか? もしくは水とか、ペーパーナプキンとか、食べ物ですらない奴? そこにあるのに、目に留まらないのが当たり前の様な。 「野原、肩ずぶ濡れだな。どんな傘の差し方してるんだ?」  冗談めかして広世が言うと、その向こうから新井も覗き込んできた。 「ほんとだ、二人で傘に入ってきたの?」  二人って? これは、さっき女の子の傘が当たって濡れただけなのに。意味が分からなかったけれど、隣にいる女の子が気にしないように適当に答えた。 「ちょっと考え事してて、濡れてたんだよ」  そう言うと、横からさっきの子が顔を出してきた。 「ごめんなさい、私がぶつかったせいなんです……」  そこでやっと気づいた。新井が「二人」と言ったのは、俺とこの子のことだって。  ふと見ると、広世が微かに眉根を寄せて首を傾げている。  え? 何で?  目があうと、すぐにいつもの表情に戻った。 「何?」 「何って、何?」  かみあわない会話をぶった切る様にやたらうるさい電車到着のアナウンスが流れた。いつもより混雑していた待合室の空気が動き出す。  じゃ、って片手を上げてホームに行く新井を三人で目で追うと、はっと気づいたように隣の女の子がこちらに会釈して小走りで新井の後について行った。  同じ電車なのに、うっかり見とれてたみたいだ。  残された広世と顔を見合わせると、どちらからともなく笑いがこぼれた。 「すげーな、新井の吸引力。一年の時から変わらない」 「ダイソンか」

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