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第10話

 そんな風に新たに発見した表情に見とれながら曖昧に頷いたら、広世の目がこれでもかってくらい大きく見開かれた。 「…… 俺が勘違いしたかと思ってたけど、平気なんだ。意外」  そんな驚くようなことなのか。  よく分からないまま頷いたことが、この後の事件につながるとは想像もしてなかった。  ふと空気が変わり、廊下にいた生徒たちが一定の方向に向かい出した。間もなく三限目が始まる。  教室に戻らなきゃ。  広世の大きな手が伸びてきて俺が両手で持っていた紙コップを取りあげ、自分のコップと重ねてくしゃっと潰してごみ箱に捨てた。 「もう始まるから、急ごうぜ」と言って俺の手を掴んで大股で歩き始めた。  袖をまくっていたから広世の掌が手首に直接触れている。  小走りで教室に向かいながら、今心拍数が上がってるのは階段をかけ上ったせいだと自分に言い聞かせた。 ****  下校途中、学校の坂を下っている時メッセージが届いた。 >さっき言ってた小説の完全版。駅で見せたのは、実はちょっと削ってたところがある。 >!!注意!! >1. 周りに人がいない所で読む >2. 気分が悪くなったら直ちにやめる >3. 気分良く読めそうなら邪魔されない場所に移動したほうがいい  メッセージの下にリンクが貼ってあった。  気分が悪くなるかもしれない、ってあの話からどんな展開になるのかと謎が深まる。あまりに気になって家に着くまで我慢できず、駅の待合室でリンク先をタップした。  章分けされた目次から昨日読んだところまで飛んで再開する。  清海はいつもズボンを穿いてる。ボーイッシュできっと繊細な女の子だ。相手の男は学校の養護教諭、男ってのはめずらしい。  知ってるやつが書いたってだけじゃなく、いつも自分が読む小説とは何かが違う。  周りに人がいるからあまり集中できなくて飛ばし読みっぽくなってしまうけど、どんどん読み進んでいった。途中なんだか違和感を感じる所もあったけど、話は甘く切なく展開してゆく。  二人の距離は、近づいたり離れたり。お互いの弱さと優しさに気づいているのに、教師と生徒なのにとか、男の先生のことを......とか、自分の気持ちに言い訳してる。  同じ高校生だからか、俺は清海に感情移入して焦らされながら読んでいた。  親と喧嘩して、傘も持たずに雨の中に飛び出した清海。ずぶぬれになって歩いている所を羽根田先生が見つけて部屋に連れて行く。  つい先日ずぶぬれになって電車を待っていた待合室でのことを思い出してしまう。  先生に濡れた服を脱げって言われても清海は意地を張って脱がない。清海が風邪をひかないようにバスタオルでくるんで後ろから抱きしめるシーンに胸が震えた。  そこから二人は甘い雰囲気になり、うん、まぁそう言う流れになって……  出だしは普通だったのに、何か引っかかる。あれ? 俺なにか勘違いしてる?  何ページか戻ってもやっぱり何かがかみ合わないまま混乱しつつ先を読むと、二人が盛り上がって……俺はそんなに国語の成績がいいわけじゃないけど、この描写は、これは......読み間違いでなければ、どっちの股間も......この婉曲表現は......? 「あぁっ!!」  突然声を張り上げた俺に、周りにいた人たちから何事かと注目が集まった。  これって男同士じゃん!!!!!  男の先生を好きになることへの葛藤、先生が躊躇いもなく自分の部屋に連れてゆくところとか、これまで違和感を感じていた部分がすべてが繋がった。  思い切りキョドってケータイをポケットに突っ込んだけど、早鐘を打つ心臓がおさまる気配はない。  絶対赤面してる! 待合室を見渡したけど、みんな自分のスマホやおしゃべりに夢中で俺の事を気にしてるやつはいなかった。  気持ちが落ち着いてから、広世がこれを送ってきた理由を俺なりに考えてみた。  こっちの反応を見てから揶揄うため? 面白いことを仕掛けるのは好きみたいだけど、そんな性格が悪そうな感じはしない。  実はホモ? いやゲイ? の遠回しなカミングアウト?   だけどわざわざ小説を読ませる意味が分からない。そもそもホモ小説書いてても本人がそうだってわけでもないだろうし。そういえば、BLって言ってたっけ。  ここでようやく検索して、俺はその言葉の意味を知った。

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