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第11話
ものすごく身構えていたのに、翌日もその次の日も、翌週になっても広世から小説について聞かれることはなかった。
元々クラスメイトという以上に仲がよかった訳でもない。広世はいろんな友達と話したり呼び出されたりしてるし、俺は俺で漫画とかゲームの好きな友達と一緒にいる。交友範囲の狭い俺の位置付けは、広世のテリトリーの一番端っこなんだろう。あの小説だってきっといろんなやつに見せてるはずだ。だから大丈夫、と思うことにした。
大丈夫、何てことない。平気だ。
だけど文末の消し忘れた読点みたいに、落ち着かない気持ちが胸に引っかかっている。
****
そんな中、一学期の期末テストが近づいて部活動禁止期間が始まった。
家だと兄ちゃんや母ちゃんに邪魔されるから、テスト前は学校の自習室に行くようにしている。席が埋まらないうちに行かなければ、と急いでデイパックに荷物をつめていたら、スマホがないことに気がついた。
「あれ? スマホがどっかいった。ハラショ、見てない?」
「野原ぁ、スマホはどこにも行かない。お前がどっかに置いただけだろ」
原田からもっともなつっこみを受けながらあちこち探ったけど、鞄の中にもポケットにもない。電話をかけてもらっても気配がない。
「どうしよう、心当たりなさすぎるんだけど」
困っている俺に、同じように困った顔をしながらハラショが言った。
「俺は今日塾だから先帰んなきゃなんだよ。付き合ってやれなくて悪いけど、職員室で聞いてみたら?」
そうだ、誰かが拾って忘れ物として届けられているかもしれない。そう期待して、ハラショと別れてから聞きに行ったけど、届けられてはいなかった。
「明日またおいで、校内で無くしたなら出てくるだろうから」
試験準備期間で職員室は入室禁止。届けられている遺失物を一通り確認してくれた先生も、試験の準備で忙しそうだった。
スマホが一日くらいなくても死なないけど、いややっぱり死ぬる! メッセージを無視していると親に心配される。それに合格が決まった時に親にねだって買ってもらったものだから、なくしたってばれたらすっごい怒られる。
どうしようかと廊下で立ち尽くしていたら後ろから肩を叩かれた。振り返ると、ほっぺたに指がめり込んだ。
「広世......」
「何してるの?」
「スマホなくしちゃって」
「ふうん、先生には聞いた?」
「うん。教室もロッカーも探したし、届けられてないかも聞いたけど無かった」
困ったね、というような表情で俺の顔を見てる。下校の時間だから引き止めたら悪いなと思って立ち去ろうとした時、広世が何か思いついたみたいに俺を引き止めた。
「今日、美術の授業があったけど、そっちは探した?」
そう言えば、今日は当番で道具を準備をしたんだった。
「準備室かも! でも今は部活動禁止だから開いてないはず」
「うーん。まぁ、行ってみようぜ」
広世が何か含みのある表情で唇の端を上げた。
促されて来てはみたものの、美術室から準備室に続く扉には当然鍵がかかっていた。ほらね、と隣にいる広世の顔を見上げるとしれっとして言った。
「内緒だけど、入れるよ」
「は? マジで?」
目の前に差し出された広世の掌には小さな鍵があった。
「な、んでもってるの?」
「んー、ここを使ってる奴に教えてもらった。それよりスマホさがせば?」
外から見えないようにカーテンを引いてから準備室扉の鍵を回す。カチっと小さな音を立ててあっさりと戸は開いた。
使ってるって、何に使ってるんだ? という質問は飲みこんで、準備室にそっと足を踏み入れた。入っちゃいけない場所だと思うと、なんだか緊張する。電気を点けていないから、周りの物にぶつからないようにゆっくりと進み、目が慣れてから周りを見回した。
白いカーテンの掛かる美術準備室は静かで薄暗い。教室とは湿度も匂いも違う場所に、俺たち以外誰もいない。
作業台の上を見たら、胸像 の陰に見慣れたスマホが置いてあった。手に取ってそっと指を乗せればすぐにロック解除され、明るい光が目にささる。ハラショに鳴らしてもらった時の履歴が画面に出てほっとした。
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