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母の驚いた顔
くしゃりと歪み、両手でそれを覆う
母は……僕を手放した
僕を世界で一番愛してると言った母は
……幻だったのだろうか……
親権は父に移り、再び氏が変わった
でも、名前が元に戻っても、全てが元に戻る訳じゃない……
僕に、何があったのか
クラスメイトは知らない
僕の背後に、黒い影が長く伸びる
もしあの時、母が僕を抱き締めてくれたら……
その手を離さず、変わらず愛してると言ってくれたら……
『……小太郎、嫌な事は忘れなさい』
父は、どこまで知っていたのだろう……
引き取られた父と過ごす中で
層を作るように、日常生活の記憶の膜を何枚も何枚も重ね
長い年月をかけて
決して消える事はないそれを
もう思い出さないように
心の奥底に、深く深く………沈めた
……なのに
それが昨夜、簡単に引き出されてしまった
ガチャッ
玄関のドアが開く音で、ハッとする
気付けばそのまま、眠ってしまっていたようだ
両足を床にトン、と下ろす
キッチンのすぐ脇にある玄関口へ向かえば、靴を脱いでいる彼がこちらを振り向き、視線がぶつかる
「………お、お帰り……なさい」
こういう時、なんて言っていいか解らなくて……
臍が見える程短いチアガールのユニフォームの裾を、片手で引っ張り下げながら、全ての指を折り畳んだもう片方の手を口元に当てる
「……お、おぅ」
表情を殆ど出さず、でも僅かに目を見開いた彼が、すぐに視線を横にずらす
そうしながら、持っていたものを僕の胸元に押し当てた
「………」
驚きつつ見れば、それは雑に折り畳まれた、僕の服
……え、これを取りに……?
両手で受け取れば、何も言わずに彼は僕の横を通り過ぎてしまう
「……あ、あの……」
あんな危険な所に、一人でまた乗り込んで……
……なんで……
「んな格好じゃ、帰れねぇだろ?……まぁ、服ぐれぇなら貸せるけど、貴重品……スマホとか財布とか、向こうが持ってたら、悪用されると思ってよ
……それと……撮られたあんたの卑猥な画像データ、削除させたから」
ソファにドカッと座り、背もたれに身を預ける
そんな彼を見ながら、僕は受け取った服をギュッと抱き締めた
「……それに、契約書にサインしただろ」
「………」
「それも奪ってきたぜ」
カサッという紙折れする音が、畳まれた服の間から微かに聞こえる
「そいつに法的効力があるかは解らねぇが、……あんたの脅しに利用されちゃあ、敵わねぇからな」
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