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その言葉に反応し、僕をチラリと見る
飲み干し空になったコップをテーブルに静かに置くと、僕に顔を向けた
「……まぁ、偶然な……」
そう呟いた彼の瞳が揺れる
「あのビルの向かいの屋上で、仕事してたんだよ……」
「……え」
ふとあの時の光景を思い出す
確かに、入ったビルの向かいの建物には、足場が組まれていた
「防水工……って知らねぇよな。簡単に言やぁ、建物内に水の侵入を防ぐって仕事してるんだけどよ……
屋上の柵あんだろ?それ乗り越えた先で作業してたら、怪しい男に手ぇ引っ張られてるあんたを見掛けて……」
「………」
……そっか……
そういう、色んな偶然が重なってたんだ……
僕に横顔を見せ、彼が遠くを眺めながら言葉を続ける
「道具片付けに来た先輩捕まえて聞いてみりゃあ……ここ数日、何人もの女があのビルに連れ込まれてるのを見たとか、中で怪しい事させられてるみてぇだって言うしよ……」
言葉を重ねる毎に、彼の目尻が鋭くつり上がり、瞳から優しさが消えていく
その顔つきは険しく、強い眼光のまま真っ直ぐ先を見据えていた
「………」
ごくんっ、と一口飲むと麦茶をそっとテーブルに戻す
怒のオーラを放つ彼に、何て声をかけていいかわからない……
「………まぁ、そういう事だ」
それに気付いた彼は、瞳を小さく揺らしこちらに瞳を向けた
その瞬間、口端を少し上げ、目尻は緩やかに下げ………先程の険しさを払拭した
「……もう、こんな時間か」
壁に掛かった時計を見上げ、彼がそう呟く
つられて見れば、時計の針は八時をとうに過ぎ、もうすぐ九時を指そうとしていた
コップを片手で二つ掴み、彼が立ち上がる
それに続き、僕も立とうと床に手をついた
と、その指先に触れたのは、傍らに畳まれたチアガールのユニフォーム
「……ん、どうした?」
僕の動きが止まったのに気付き、彼が声を掛ける
「……あ、えっと…これ、どうしようかな……って……
持って帰ったら……何て言われるか……」
ミルクには勢いよく問い詰められ、茶々丸にはうまく言いくるめられて白状しちゃいそうだな……
「なら、そこに置いとけ。後でゴミの日に纏めて捨ててやるから」
「……え、でも」
「それ見られた時の上手い言い訳、思い付かねぇんだろ?」
彼の切れ長の瞳が僅かに緩み、悪戯っぽい柔らかな色が差し込まれる
「……は、はい」
「誤魔化したつもりでも、あんた、すぐバレちまいそうだしな」
そう言って少し意地悪そうに口端を上げ、二つの目が見えるくらいの斜めの角度で、僕に流し目をする
その瞳や声には、優しげで妖しげで、男らしい色気が含んでいた
「………」
……ただ、それだけなのに
僕の胸がまた、キュンとしてしまう……
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