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僕に向けられたその瞳が、不意に優しい色を帯びる。 それは、何となく……小動物を愛でるような…… 「小太郎の笑った顔、久々に見たわ」 「……え……」 その台詞に、ドキンッと胸を打つ。 ……健太郎、僕と同じ事…… 意思疎通でもしたかのようで……無意識に、意識してしまう…… 「ま、いいや。これ……」 その絡み付くような視線が外される。 顔を横に向け、自身の傍らに視線を落とすと、健太郎は何かを手にする。 「忘れもん」 「……あ、…ありがと」 差し出されたのは…… あの日、忘れていった……課題ノート入りのトートバッグ。 そして不意に思い出される……あの記憶…… エアコンの壊れた部屋の中。 ……熱くて熱くて…… 頭がおかしくなりそうで…… 重ねた唇。合わせた肌。 なんかヘンで……怖くて…… ……でも………不思議と、嫌じゃ……なくて…… 僕は……… 「ほら」 伸ばした手。 それがトートバッグの前で、止まってしまっていた…… 「……え、あ……ごめ」 数回瞬きをし、慌てて両手でそれを掴む。 ……なに、思い出しちゃってるんだろう…… あの時の感触も、匂いも、熱も全て…… まだ、僕の中で完全に処理できずに……燻ったまま、なんだ…… 「………」 受け取ったトートバッグを、傍らに置く。 ……もう、割り切ったと思ってた…… だけどまだ……気持ちが残ってしまっている事実を突き付けられてしまった…… 「……小太郎」 引き摺って、未練がましいのは……僕の方だ…… 口端を上げ、健太郎に顔を向ける。 ……健太郎はもう あの時の事は忘れて、普通にしてくれてる…… 「……その……ミルクって奴とは、上手くいってんのか?」 「え……」 そうだ……… ……健太郎の中で、僕はミルクと……そういう仲になっているんだった…… 「……あ、……うん」 「そっか。良かったな」 そう言った健太郎の瞳が緩み、再び愛でるような瞳の色を滲ませる。 でも、何となく……気のせいじゃなければ ……何処か寂しそうで…… 「け、健太郎だって……キナコと……」 その名前を出した瞬間。 視線が逸らされ、その瞳に憂いが色濃く染まる。

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