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#4 心霊番組
兄には、性格の悪い趣味があった。
それは心霊写真や心霊動画を紹介するタイプの心霊番組を見て「ウッソつけ!」とゲラゲラ笑うことである。
下手なお笑い番組よりも笑えるらしく、兄は時期になると必ず意気揚々と番組をチェックしていた。
笑うと言っても心霊写真や動画自体を面白がっている訳ではなく、それに付随する霊能者のコメントがツボらしい。
番組スタッフにも霊能者にも非常に失礼な話である。
俺も"視"える人間ではあるのでパチモンはパチモンだと分かるのだが、根がビビリのため怖がらせる演出にはどうしても素直にビビってしまう。
そのため心霊番組も本当は見たくないのだが、「分かってんのにビビるお前も面白い」というクソ兄貴が俺をテレビの前に縛り付けるので、何故か毎回一緒に見る羽目になっていた。
ちなみに父も筋金入りのビビリ(霊感なし)なので、リビングで心霊番組が流れ始めると凄い速さで寝室に引っ込んでしまう。
逃げられる父を羨ましく、恨めしく思いながら心霊番組を見ていたある夏の日のことだ。
視聴者から寄せられた心霊写真に霊能者がコメントをする、というまさに兄の大好物なコーナーが始まった。
動画と違い急に出てきたりはしないのでびっくりすることはないのだが、見た感じが怖い写真は普通に怖くなってしまう。
でも、心霊写真って分かりづらいやつとかだと「どこに写ってんだろ」って探すのが赤白シャツの男を雑踏から見つけるアレみたいで割と面白いんだよなあ。
一枚の写真が映し出され、「どこがおかしいか、あなたは分かるだろうか」というおどろおどろしいナレーションが流れる。
大学生と思しき男女五人が河原でバーベキューをしながら楽しそうにピースしている写真だ。
俺と兄はソファから身を乗り出してテレビ画面を見つめた。
「は?どこだよ」
「いなくない?もしかしてこれ?」
「ただの点じゃん。シミュラクラ現象の典型かよ」
画面をあーでもないこーでもないと指さしていると、徐々にカメラが写真の一部にズームアップしていく。
「ここに顔のようなものが!」と赤い丸で囲まれたそこには、俺が指摘した点三つがあった。
「これかよ!」
「こじつけも大概にしろや!」
文句を言いながら俺と兄はソファにどかりと座り直した。テレビの中では、カメラに抜かれた女性タレントが「キャー!」と目を覆っている。
俺がテーブルの上のポテチを口に放っていると、今度はスタジオで写真のフリップをめくることになったらしい。フリップを手渡され女性司会者が写真の概要を読み上げる。
「この写真は投稿者の方がつい最近撮られたものだそうです。一人でドライブに出かけて、夕方頃に訪れた海。それを撮ったのが、こちらです」
フリップが裏返される。
燃えるように赤い夕焼け空が見えたと思ったその瞬間、兄が素早く俺の目を手で塞いだ。
パンッ!と音がするほどの勢いを持ったその手に、俺は思わず「いった!」と叫んだ。
テレビの中から出演者の悲鳴が聞こえる。
「えっ、何!?」
「お前は見んな」
先ほどまでの弾んだ声音から一変して、兄が静かにそう言う。
混乱する俺を他所に、兄は小さく吐き捨てた。
「こんなもん地上波で流すんじゃねーよ」
偽物の心霊写真を見て小馬鹿にするのが趣味の奴が言うな、と思ったが、口には出さないでおいた。
例に漏れず霊能者のコメントが、司会者の口から伝えられる。
「霊能者の方によりますと、『この写真に映った霊はこの地の地縛霊。この海で溺死してしまった方の魂がこのような形となって現れた一枚である。念のため写真のお祓いをした方がいい』とのことです」
「はぁ?馬鹿か。何が念のためだよ。今すぐ焼き払えこんなもん」
「ええ何こわい」
どうやらマジな心霊写真らしいので、俺は大人しく目を塞がれたままでいる。
しばらくしてCMに入り、俺の目はやっと解放された。
「そんなやばいやつだったの?」
「多分見る奴が見たら相当やばい。お前とか」
「ええええ何それほんとに怖い、けど何で?お兄は見ても何とも……ってまあ、お兄は何見ても大丈夫か」
「当たり前だろ。……まともに見てたら多分とりあえずゲロ吐いてたぞお前。写ってる霊の"気"が強すぎて最早呪いのレベル」
「うげぇ、マジで……」
「……つーか、」
兄はそう言うと一瞬思案するそぶりを見せてから、スマホで何かを探し始めた。その様子を見守っていると、CMが明ける頃に何やら見つけたようで、兄は眉根を寄せて苛立たしげに舌打ちをした。
「もしかしたら、マジで相当タチわりー写真だったかもしんねーぞ」
「へ」
きょとりと口を開ける俺に兄は「まあ全部勘だけど」と前置きして持っていたスマホを見せた。
スマホの画面には、某青い鳥のアカウントが表示されていた。
アイコンは初期状態、フォロー数は三桁、フォロワー数は一桁、プロフィール欄は空白というスパムのようなアカウントだ。
「ぜってー画面触んなよ。このアカウント、さっきの写真投稿してっから」
「えっ」
「写真への反応は大したことなくて助かった。こんなん拡散されたら最悪だ」
「ほっ、ほんとだよ!こえ~っ!」
見たらとりあえずゲロを吐くような写真がスマホをいじっている時に突如画面に現れたらと想像して、俺はブルッと震えた。
「何か見覚えあんなと思ったら前にナツが見せてきたんだった。あいつどっから拾ったんだよきもちわりーな。マジでそういうとこあるわ」
ナッちゃん……散々な言われ様で可哀想だな……。
霊感がないから、ただの心霊写真だと思ったのだろう。『なあこれ合成かな!?本物!?どう!?』と興奮気味にスマホの画面を兄へ向けるナッちゃんの姿が頭に浮かぶ。
「何なのそのアカウント。さっきの投稿者と同一人物?」
「多分な。さっきの投稿者がこいつの写真拾って我が物顔で投稿した可能性もあるけど、反応の少なさを見るに8割同一人物だろ。で、こいつ何がやべーって、同じ写真何度も投稿してんだよ」
拡散してくれとばかりに、と兄が苦々しそうに言う。ぱちくり瞬きをした俺に、兄がはっきり言った。
「こいつ、呪い分散させるつもりなんじゃねーかと思うんだよな」
「えっ」
「何かやべー写真撮ったからアップしよ、ってだけなら一回の投稿で充分だし、こんな捨て垢使う意味もない。明らかに意思を持ってこの写真を不特定多数に見せようとしてんだよ」
『見る奴が見たら相当やばい』という兄の言葉がフラッシュバックする。
投稿者は、写真に写ったものもその影響力も全て分かった上で、呪いとも言えるほどのその"気"を分散させようとしている?
「写真の投稿日、」
「えっもういいやだその話こわい!」
「いいから聞けよ俺のせっかくの推理を」
「推理披露したいだけかよ!やめろ!」
「半年前なんだよ」
「へ?」
「多分こっちで投稿して駄目だったから地上波で流して一気に犠牲者増やしたれって魂胆だったんじゃ」
「ばかばかばか!やだマジで怖いもーほんとむり!」
泣きながら振りかざす俺の拳をクッションで受け流しながら、兄は「人間ってこえーなぁ」と笑った。
その後そのアカウントは丁重にブロックしたが、俺はしばらくSNSの類に手をつけることができなかった。
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