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#15 アイス
高校の頃の夏休みの話。
「あつい~……とけるぅ……」
エアコンを効かせても訳が分からないほど暑い真夏日。夏休みの真ん中ってのは、とにかく暑い。
予定もなく平日の昼間から居間のソファで兄と二人、だらりと身体を放り投げていた。俺は携帯ゲーム機でピコピコ遊び、兄はスマホを弄っている。
あまりの暑さに堪えきれず俺は携帯ゲーム機をそこらに放って、唸るように言った。
「お兄、アイス」
「ひな、アイス」
完全に同時だった。声が被ったのに気付き、顔を見合わせる。
「……」
「……」
ミーンミーン。ジジジジ。
開け放った窓から無数のセミの声が聞こえてくる。
毎年毎年、飽きもせずセミの声が鬱陶しくて仕方ないのはどうしてなのだろう。十何年も聞き続けていたら流石に慣れてくると思うのだが。
続く沈黙に痺れを切らす暇さえ煩わしく、黙ってスッと拳を胸元まで掲げる。
すると考えることは同じだったようで、兄も胸元に拳を掲げた。
すうっ、と息を吸う。
「じゃーんけん、ぽん!!」
「っしゃァ!」
「あーーッッ!!」
俺が繰り出した渾身のチョキ。
兄が繰り出したのは、グーだった。
床に膝をつく俺の横で、兄が繰り出した拳をそのまま空に力強く掲げる。
「ひなお前勝負どころで必ずチョキ出す癖あんの知ってた?」
「えっ!?うっそ!」
「マジ」
兄はTシャツの胸元を掴んで扇ぎながら、ニヤニヤと笑っている。
言えよもー!と俺は声を荒げながら、渋々ではありつつもコンビニへ向かうべく重い腰を上げた。
☆
外は風もなく、絶望的なほど暑かった。
冬は着込めばどうにでもなるが、夏は全裸が限界なのが辛い。逃げ場のない太陽光。熱気。湿気。夏は嫌いじゃないが、もう少し限度というものを知って欲しい。
家から五分ほどの場所にあるコンビニへ着くと、何やらセミに劣らぬ喧騒が聞こえてきた。
ミーンミーン。ジジジジ。ギャハギャハ。
複数人の男の笑い声だ。それも下品で喧しいタイプの笑い声。兄のゲラゲラ笑いに拮抗する下世話さを含んでいる。
訝しく眉を顰めながら開きっ放しのコンビニのドアを恐る恐る潜ると、金髪腰パンピアスの賑やかな見た目をした高校生くらいの男子達がギャーギャー騒ぎながら店内を走り回っていた。
鬼ごっこしてーなら公園行け公園!クソ暑いのにわんぱくか!どうせ朝旦の奴だろお前ら。
レジを見れば、店員は奥に引っ込んでいるようで誰もいなかった。まぁこれを注意するのは勇気がいるよな……。
一旦帰って時間を置いてから来るか?とも思ったが、外の熱気がそれを一瞬で却下した。
DQNは嫌だがこの暑さを無駄に何度も味わうのはもっと嫌だ。
俺はなるべく絡まれないように迅速にアイスのある一角に早歩きしていった。
そういや何がいいか聞くの忘れてたな。
(まぁ何でもいいか。一番安いのにしよ)
思いながらぴっちり戸の閉められた透明なアイスケースを上から覗く。
すると、山積みになったアイスの奥に奇妙なものが見えた。
白い、腕のような。
一瞬ギョッとして、すぐに男子高校生のゲラゲラ笑いが聞こえてくる。
「あいつマジ何やってんの!?」
「クッソウケるツ〇ッターに載せんべ!」
……そういえば何かコンビニのアイスケースの中に入って写真撮ってSNSにアップした馬鹿が炎上してたっけ。本当にやる奴いるんだ……ドン引きだわ。
安堵か呆れか、俺は息を吐きながら再びアイスケースの中に視線を落とした。
すると。
目が合った。
何の色も宿していない目だった。はっきりとこちらを見ていた。凍死寸前みたいな、不自然なほど青白い肌の男が、アイスの下で仰向けになって、真っ黒な瞳だけをこちらに向けていたのだ。
背筋に、季節にそぐわぬ悪寒が走った。
俺は反射的に踵を返して、そのまま店を出た。
外は変わらず陽射しと熱気で殺人的に暑いのに、Tシャツの下の肌は鳥肌が立っている。
俺は結局、20分歩いて地元のスーパーへ向かった。
☆
「おけーりー。遅かったな」
「…ただいま……」
汗でどろどろになりながらビニール袋片手に居間へ入ると、ソファに寝転がって溶けたアイスみたいになっていた兄が僅かに頭を持ち上げた。
ローテーブルにビニール袋を置くと、兄が片手を伸ばして中を漁る。
「おいおい、アイス溶けてんじゃねーか。どこで何してたんだよ」
「うるせー……俺が必死の思いで買ったアイスだぞ、味わって食えや……」
「いや何があったんだよ」
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