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#16 写真
めちゃめちゃ、めちゃめちゃめちゃめちゃ、めっちゃめちゃめちゃ意外だと思うが、兄は中学からずっと写真部だった。
運動神経は人よりいいのだが、『運動部の暑苦しい感じと顧問が総じて無理』だとか言って体育会系の部活には目もくれていなかった。運動部の関係者に大変失礼な話だ。
そもそもこんな粗雑な人間がどうして写真なんて芸術的なものに興味を持ったのかと言えば、例によって霊である。
高校一年の頃の話だ。
「写真部×オカ研定例交流会?」
俺が素っ頓狂な声を上げると、兄は手元の一眼レフを弄りながら「そー」とだけ言った。
リビングのソファで横並びになり兄の持っている一眼レフを横から覗きながら、俺は首を傾げる。
「何でオカ研?」
「発端はお前だぞ」
「は!?」
詳しく話を聞くと、こうだった。
兄がカメラを始めたきっかけは、まだ今ほど霊感も強くなかった園児の頃まで遡る。
その頃父のデジタルカメラを借りて気まぐれに撮った一枚が、心霊写真だったらしいのだ。
普段は"視"えない人も写真だと"見"えるようになるのが面白くて、もっと色んな心霊写真を撮ってやろうと思ったらしい。
主にその写真を見せられていた父は、後に『僕の怖がる顔を指さしてケラケラ笑ってたのがほんとに怖かった』と語る。
――という幼少期から屈折していたのがよく分かるエピソードは昔聞いたのだが。
ご存知の通り現在の兄は霊感大魔神のような存在なので、今は心霊写真など一枚も撮れない。
ならば、俺は?
そう。超引き寄せ大魔神のような存在の俺は、写真を撮ると必ず心霊写真になってしまうのだ。
これが『発端はお前』の意味。
『俺の弟すげー心霊写真撮る』と写真部の仲間に世間話的に話したところ『私も一回だけ撮ったことある』『そういえば○年前のコンテストの写真が』など意外にもそういった話が湧いて出てきて、どこからかそれを聞きつけたオカ研が、写真部に『心霊写真ください!』と頼み込んだのが交流会発足の経緯らしい。
「え、たまに何か無言でカメラ渡してきて写真撮らされるのはそういうことだったの?」
「そー」
「そー、じゃねーよ……」
俺は知らず知らずのうちにオカ研に心霊写真を提供し続けていたらしい。
で、だ。
俺は胡乱な顔で兄を見た。
「何でその交流会に俺が出るって話になんの?」
「そら噂の心霊写真メーカーが入学したとありゃオカ研が黙ってないだろ。部長たっての懇願だぞ」
「えぇ……」
もう俺の当初の『兄弟だと口外するな』という願いはなかったことにされているのだろうか。遺憾だ。
つーかその言い方だと俺が入学したときに『例の弟入学した』的な話をしたってことか!?ッカ~~~!こいつ!!
「明日な」
「明日て!」
「部活も予定も別にないじゃん」
「ないけど……一応早めに言っとくみたいな気遣いをさぁ……」
「写真部の部室分かんだろ?放課後そこな」
「人の話聞けや……」
☆
翌日、放課後。
三階奥にある写真部の部室へ向かう。近くの音楽室から吹奏楽部の練習する音が聞こえてくる中、俺は部室の扉をノックした。
「はーい、オカ研かな?どうぞー!」
中から女子の声が聞こえたので、ドアノブを捻る。
「失礼しまーす、柳夕影のお……あ、お兄いんじゃん」
「おーす」
「ん?あっ、え!?例の弟くん!?」
中に入ると、返事をしてくれたらしいボブヘアーの女子生徒と兄、それともう三人ほどが既にいた。
女子生徒のその声に、中にいた写真部員が一斉にこちらに首を回す。怖!
「あ、えー、夕影の弟の柳陽向です」
「似てなっ!」
「えっ!?」
「コラ青山!失礼だよ!あー……柳先輩と違って可愛い顔ですね!」
「お前も失礼だぞ」
「ウソ」
青山と呼ばれた男子生徒に言われ、部室の奥の方に座っていたポニーテールの女子生徒が口元に手を当てる。
うん。その通り男子は顔が可愛いって言われても全然嬉しくないんだけど、悪気はなかったみたい。許そう。
「陽向くん、よく来てくれたね!ほらほら、こっちこっち」
ボブヘアーの女子生徒が俺を手招きする。部長なのかな?何か部長っぽい。
ギーッと引いてくれた椅子に有り難く座らせてもらうと、兄が隣の椅子を引いて座った。
そしてボブヘアーの女子生徒を指さして言う。
「こいつ、部長」
「そう!あたし部長!」
「あっ、やっぱり」
「え、部長の風格出てる?嬉しいな。あたし三年の浜辺!よろしく!」
「よろしくお願いします」
「一年生だもんね。のぞみ、陽向くん知ってる?」
浜辺さんは、奥でポニーテールの女子生徒と話していた三つ編みの女子生徒に声をかける。
カメラを覗き込んでいた彼女はパッと顔を上げてこちらを見た。
「あっ、何か、柳先輩がすごい女子の間で有名で、柳先輩の弟が一年生にいるらしいって話はちらっと聞いたことあるんですけど……顔までは……」
「うわ、先輩すごいすね。一年にも人気なんだ」
「まぁ仕方ねーよな。この顔だしなー」
「そういうの自分で言うあたりマジで最高だと思います」
青山さんと兄がケラケラ笑う。青山さんはどうやら兄と反りの合うタイプらしい。
……分かる気がする。俺は先ほどの『似てなっ!』を反芻した。いや、決してデリカシーない繋がりとかそういうことではない。決して。
「わ、私、広瀬です。一年五組です」
「あ、柳の弟の陽向です。一組です、よろしく」
「よ、よろしく」
広瀬さんはどうやら人見知りらしい。何か少し親近感。今はそうでもないが、小さい頃は俺も人見知りだった。
「ポニーテールは二年の三宅ね」
「あ、三宅です!よろしく~」
浜辺さんの紹介に三宅さんがにっこり笑って手を振る。
「他にも何人かいるけど、いつも部室来るのは大体このメンバーかな」
「へ~……」
部活動に興味のなさそうな兄が出席率高めの部類なのは意外だった。
と思っていると、浜辺さんが兄の肩を叩く。
「そろそろオカ研来るんじゃない?ほら椅子出すよ、副部長」
「あ?あー……」
面倒臭そうに腰を上げた兄に、唖然とする。
ふ、ふっ、
「副部長!?!?」
「うるせーな何だよ」
「お兄副部長なの!?」
「そうだよ」
「そうだよじゃねーよ!嘘だろ!お兄に務まんないよ!」
「喧嘩売ってんの?」
ガッと頬を掴まれ「うゆゆゆゆ」と奇声を上げていると、コンコン、とノックの音がした。
「あ、今度こそオカ研かな。どうぞー!」
浜辺さんの声で部室の扉が開く。入ってきたのは八人ほどの男子生徒達だった。オカ研って意外といるんだな。
「こんちはー。あれ、新入部員?」
一番前に立っていた眼鏡の男子生徒がこちらを見て首を傾げる。
俺の両頬を片手で潰したままだった兄が短く答える。
「弟」
すると、部室の入口に立っていた男子生徒達がワッと一斉に中へ入ってきた。
「マジで!?噂の!?」
「心霊写真メーカー!?」
「すげー!実在してたんだ!!」
「柳先輩のイマジナリー弟じゃなかったんですね!」
「どういうことだよ」
潰れた顔を様々な角度からしげしげと見られて居た堪れない。つか手離せよ!力つえーんだよ!俺じゃ離せないから自分で離せ!
「よーっし!それじゃ行くか!」
「えっ、もう行くの?せっかくだしとりあえずゆっくりしてったらいいのに~」
「いやいや、我々もうやる気しかないから!」
浜辺さんとオカ研の部長?がそう話しているのを聞いて、ん?と思う。
どこかに行くのか?
「よし!じゃあみんな、撮影会しに行くよ!」
☆
「な、なにここ」
「すごいでしょー、グラウンドの超古小屋。先生には許可貰ってるから危険はないと思うけど、それにしてもボロすぎだよね」
十四人の大所帯で訪れたのは、かつて体育の授業道具を置いていたという古小屋だった。
中は十人ほどが入れるくらいの広さで、かなり埃っぽい。
「うわクモ」
「!?うおおおあむりむりむりむり俺むりここむり外出る」
カサカサ壁を歩くクモが目に入り、俺は咄嗟に兄の背に顔を埋めた。
虫マジで無理なんだよ!!(#13参照)
「まー待て待て。今回の主役お前だから」
「は?」
「はい」
と、手渡されたのはデジタルカメラ。部の備品なのだろうか、『写真部』というシールが貼られている。
……いやいや。何?
「撮れ、と?」
「そ」
「ここで?」
「そ」
横を見れば、オカ研の部員がキラキラした目をしていた。
「……別にいいけど……」
「ありがとう!」
「柳くんありがとう!」
俺が頷くと、オカ研の部員達は意気揚々と小屋を出ていった。
周りを見れば、写真部員達は各々カメラを構えて既にパシャパシャと写真を撮っていた。青山さんや広瀬さんは外に出て写真を撮っている。
俺はこそりと兄に顔を寄せた。
「何もいなくない?」
「いねーけど、まぁ雰囲気がそれっぽいから写真的にも映えんだよ。つかお前の場合いなくても関係ねーじゃん」
「まぁ、そうだけどさ……」
言いながら見様見真似でカメラを構える。デジタルカメラなので一眼レフよりは何となく扱いやすいが、俺には写真のこともカメラのこともよく分からない。
適当な場所にフォーカスを当てて、ざっくりとシャッターを押した。
と、その途端。
「うわっ!」
外からそんな悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたのー?」
「いや、そっちこそどうした?何かすげー光ったけど……」
小屋の窓から浜辺さんが顔を出すと外のオカ研部員がそんなことを言うので、俺達は顔を見合わせた。
光った?
「何だろ、フラッシュかな」
「いやいや、そんなピカッて感じの光じゃなくてもうビカッ!て、窓全面真っ白になったよな」
「なった。何かと思った」
「……」
「……」
不可思議な現象に、中にも外にも沈黙が降りる。
と、兄がその静寂を破った。
「ひな、カメラ貸してみ」
「え、あ、うん」
差し出された手にカメラを乗せると、兄は何やらカチカチと操作し始めた。
横から画面を覗き込んで、俺は目を剥いた。
「え、何これ!」
「どしたのどしたの」
カメラの液晶に映し出されたのは俺が先ほど撮った写真だったのだが、どういう訳か、真っ白だった。端から端まで、真っ白。
「俺フラッシュ焚いてた?」
「渡す前にOFFにしたし、横で見てても光ってなかった」
「だよね……」
浜辺さんが兄の手からカメラを取り、カチカチ操作する。
「ねえ、陽向くん連写した?」
「え、多分してないです。パシャッて一回しか聞こえなかった気が……」
「この写真の後に、あと63枚写真あるんだけど……」
「えっ」
「別の日の写真じゃなくてです?」
「じゃなくて。この写真が撮られた後にね、連写したみたいにバババババッて真っ白の写真が並んでるの」
何だか只ならぬ気配を感じたのか、外にいた部員達もみんな小屋に入ってきた。ぎゅうぎゅうだ。
十三人に囲まれた浜辺さんは、ほら、とみんなに見えるようにカメラの液晶を示した。
画面には、撮った写真のサムネイルが上に三枚、下に三枚と計六枚並んでいた。
確かに、どれも真っ白だ。
「……あれ、部長部長、何かサムネ段々暗くなってきてません?」
三宅さんのその言葉に浜辺さんがカチカチとプレビュー画面のページを進めると、確かに。
六枚並んだ写真のサムネイル画像は、進むにつれてだんだん暗く、黒くなっていっている。
「何でだろ、故障?」
首を傾げながら浜辺さんが、灰みがかった写真のサムネイルを選択する。
その一枚がパッと液晶一面に表示されたとき、カメラを囲んでいた全員が息を呑む音がした。
写真には、顔のような影が無数に写っていた。
「な、何これ」
「つ、次は?」
「えっ、み、見んの?」
「見るだろ、当たり前だろ、見るだろ」
オカ研部員達は、冷や汗をかきながらもカメラから目を離せない様子だった。
三宅さんや広瀬さんはもう見たくないようで、顔を背けて耳を塞いでいる。
浜辺さんが、カチ、とボタンを押した。
次の写真が写る。
先ほどの写真の影が少し濃くなったようなものが写った。
カチ、カチ、とボタンを押す。
だんだん、影が濃くなる。
――影が濃くなるにつれ、無数の顔の表情がはっきり浮かび上がってきた。
悲痛に叫ぶような、そんな顔だった。
浜辺さんの手が震えている。
気付いたオカ研の部長が、そっとカメラを浜辺さんから受け取った。
浜辺さんは後ろに引っ込み、部長は浜辺さんに代わりカチ、カチ、とボタンを押し始める。
俺は、汗ばむ手で隣の兄のワイシャツを掴んだ。
カチ、カチ、カチ、
表情がはっきりと浮かび上がっていた影が、今度はカラー写真をモノクロ印刷したように、見にくくなっていく。
写真はだんだん黒い部分が多くなっていき、
やがて画面全体が真っ黒になったとき。
カチ、とページを繰るボタンを押すと。
「!!」
画面いっぱいに、こちらへ伸びてくる何十本もの腕が写った。
まるで地獄から手を伸ばしているような、そんな執着を感じる手が、何十本も。
プツン、と、カメラの電源が落ちる。
部長が慌てて電源を入れると、
『写真はありません』
プレビュー画面には、その文字だけが写った。
☆
誰も一言も発さずに写真部の部室へ戻り、ガチャン、と扉の閉まる音がした途端。
「いや、やばいな!」
「やべー!俺初めて生で怪奇現象見た!」
「俺も!めっっっちゃ興奮した!!」
オカ研部員達が、口々にそう言った。
写真部員達は、「えぇ……?」と青い顔で困惑している。
「ゆ、夢に出そう……」
「あたしもうトラウマ……」
「す、すんませんでした……」
「陽向くんが謝ることじゃないよ……」
「てか陽向くんやべーな……」
げっそりする写真部員達に、非常に申し訳ない気持ちが募る。
俺もあんなことになるとは思わなかった。せいぜい何かちらっと顔みたいなの写るとか、画面ちょっとバグるとか、そんなもんだと思ったのだが。
撮る写真全て心霊写真になると言っても、大体そんな程度だったし。
「陽向くん!オカ研入んない!?」
「結構です……」
「マジかー!」
あんなものを見たあとに豪快に玉砕して悔しそうにしているオカ研部長に、俺は『オカ研こっわ……』と思った。
「何か大袈裟なことしてきたけど、レベル1って感じだったな」
「………………」
嘘。こいつが一番怖い。
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