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#17 放送
兄は中学からずっと写真部だったと言ったが、ならば俺は何部だったのかと言うと。
聞いて驚くことなかれ。
中学は生徒会だ。
ふふふん。意外と真面目なんで、俺。……いや、まぁ中一のときに一目惚れした先輩が生徒会役員だったからってだけなんだけど。
でまぁ、高校は放送部に入った。これは俺が生粋のテレビっ子なことに由来する。放送関係の仕事の裏側を、端の端でもいいから齧ってみたかったのだ。
放送部が仕事をするとき前に出るのは大体上級生なので、一年生の頃は裏方仕事が多かったのだが、一度だけ一年生のときに全校生徒の前で仕事をしたことがあった。
「じゃあ質問コーナーの進行はー、柳くんやってみよっか」
「えっ!」
全校集会で外部から講師を招いて講演会をすることになり、その司会進行の仕事について放送部で話し合っていたのだが……顧問の若い女性教師に突然話を振られたので俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「お、俺ですか」
「一年生でも一度くらいは人前で喋る経験積んでおいて欲しいから、今回は柳くん!行ってみよう!」
「は、はい……」
と、返事はしたものの、質問コーナーの進行という些細な役目ではあるものの、だ。
噛んだらどうしよう、機材トラブルが起きたら、などと不安が過ぎってしまうのは、一年生だから仕方ないだろう。
その不安は、現実のものとなってしまう訳だが。
☆
当日、六時間目。
生徒達が椅子を持ってぞろぞろと体育館に入ってくるのを機材の準備などをしつつ見ていると、
「あれ、何してんの」
兄が声をかけてきた。
……いやいやいや、おい。
「……何当然のように話しかけてきてくれてんの」
「は?」
「『口外すべからず』!!」
「え、あれまだ続いてんの」
「つーづいてるわ!」
「いやもう無駄だろ。お前のクラスの奴らも知ってんだろ?そんで俺の、」
「あっ、陽向くんだ!」
「柳弟だ」
「何してるの~?」
「ほら」
「ほらじゃねーよ……」
うっすらと見覚えのある兄のクラスメート達が、椅子を抱えながら通りすがっていく。
「ここで塞き止めるんだよ!中学のときみたいに俺もお兄も知らないような人からラブレター預けられるみたいな訳分かんない状況をもう二度と生み出さないように!」
「あーはいはい。頑張れ」
「他人事じゃねーんだぞ!」
「柳く~ん、流れの確認するからおいで~」
兄を睨み上げていると、少し離れたところから顧問の先生の声が聞こえてきた。
俺がそれに「あっ、はい!」と返事すると、兄は「ああ、放送部ね」と納得げに頷いた。
「早く仕事しにいけよ」
「言われなくても行きます~」
べーっ、と舌を出して踵を返す。自分以外の部員がもう集まっているのを見て、俺は小走りで駆け寄った。
「今話してた人三年生?知り合い?」
「え?知らない人です」
「え?」
・
・
・
講演会は薬物に関するもので、講師の淡々とした語り口調と生々しい写真やビデオが、生徒達を睡魔と覚醒の間で行ったり来たりさせていた。
あと五分ほどで講演が終わるといったところで、質問コーナーの準備をしようと俺は顧問の先生と共にステージ横のアナウンス室にマイクを取りに行った。
「あれ?先生、マイクどこですか?」
「そこに置いといたはずなんだけど……おかしいな、ないね」
少し煩雑とした室内を見渡すが、それらしきものは見当たらない。
あれ~?と言いながら棚やら台の下やらを漁っていた先生が、「あっ!」と声を上げる。
「こんなところにあった!」
物置と化した机の中から、先生がマイクを取り出して見せた。
先生からマイクを受け取ると、ちょうど外でパチパチと拍手が起こった。どうやら講演が終わったらしい。
(……?)
受け取ったマイクに違和感を覚える。何だか、妙に軽い。もしや電池が入っていないのでは?
そう思い、軽い気持ちでパチンと電源を入れたときだった。
――キィィーーンッッ
「わっ、ハウってる」
先生が少し慌てたように小声で言って、機材の音量板を操作する。
外の拍手の音は依然として聞こえてくるので、皆さほど気にはしていないらしい。
だが、俺にはハウリング音自体聞こえなかった。
聞こえたのは、ハウリング音ではなく……
――バタバタバタッ
――あはは、あはははは!あはっ、きゃははっ!きゃは、
子供が走り回っているような音や無邪気な笑い声が、室内に響く。
まるで俺の持っているマイクが音を拾っているように、バタバタ、きゃらきゃら、音がスピーカーを移動していく。
――先生には、聞こえていないのか?
と、尻ポケットに入れていたスマホが震える。
ハッとしてスマホを見ると、
『兄:
電源落とせ』
体育館にいる兄からのメッセージの通知だった。
慌てて片手に持っていたマイクの電源を切る。
すると、ずっと聞こえていた子供の走る音や笑い声もピタリと鳴り止んだ。
先生も「あ、収まった」と呟く。
『はい、ありがとうございました!それでは皆さん、もう一度大きな拍手をお願いします』
アナウンス室のスピーカーから放送局の先輩の声が聞こえてきて、再び拍手が起こる。
すぐに質問コーナーが始まってしまう。
……が。
俺は、妙に軽いマイクの電池カバーを外した。
「……先生、これ、電池入ってないです」
「え?」
怪訝げな声を上げた先生に、マイクを見せる。
電池カバーの中は、空っぽだった。
「……」
「……」
俺と先生は顔を見合わせた。
が、ハウリング音しか聞こえなかった先生はすぐに「あれ~?じゃあさっき用意してたのはどこ?」とマイクを探し始めた。
ステージの方の機材が起こしたハウリングだと捉えたのだろう。
が、俺には確かに、子供の走る音や笑い声がマイクを通して聞こえた。
あれは一体、何だったと言うのか。
「う~ん……どうしてないんだろう……。仕方ない、受け取りでもたついちゃうけど、あっちのマイク使い回そう」
結局マイクは見つからず、先生は諦めてそう言った。
もう俺の出番だ。恐らく、今体育館の方では少し謎の間が空いてしまっているのだろう。先輩が何とか場を繋いでいる声が聞こえる。
急ぐ先生に背中を押されてアナウンス室を出ようとしたとき。
遊んでくれないんだ。聞こえてるくせに。
耳元で、複数の子供のやけに冷めたような声が聞こえてビクリと肩が跳ねた。
反射的に後ろを振り向く。
「? どうしたの?早く行こう!」
そこにはキョトンと目を丸くする先生がいるだけだった。
余談だが。
完全に動揺してしまった俺はそのまま司会役の先輩と交代して、
「っでは、質問コーナーに移りあすっ、あ」
盛大な甘噛みをしてしばらく兄に執拗にネタにされた。
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