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#21 文化祭一日目(後編)

 傍らでずっと俺の涙が引くのを待ってくれていた兄は、クラスの出店の当番中に抜け出して来ていたらしい。  「まあ別にいーだろ」と呑気なことを言う兄の背を押して、俺は慌てて空き教室から出た。  俺の口から言うのは本当に気に食わないが、絶対クラスの看板だろ。クラスの女子に「柳先輩のシフト知ってる!?」って詰め寄られたぞ。  混み合った廊下で「お前はぐれそう」と俺の手を引いて前を歩く兄を見遣る。  黒のシャツに黒のパンツ、黒のネクタイに黒のベルト、黒の警官帽。  全身黒のスタイルは、アメリカンポリスだそうだ。確かに言われてみればアメリカの警察っぽい。腰には手錠とホルスターがぶら下がっていた。  兄の教室はカフェスペースらしい。クラス全体が警察のコスプレで統一されていて、コンセプトはポリスカフェだそうな。  ポリスカフェって何だよ。注文するとき『手を上げろ!』とか言われんのか?  それは置いといて、兄は先程からずっと通りすがりの女子生徒や女性客の視線を集めていた。後ろにいる俺も漏れなく見られるので、勘違いなどではないはずだ。  非常に腹立たしいが、確かにかっちりしたスタイリッシュな警察の制服は無駄に顔とスタイルの良い兄にはよく似合っており、様になっているのだ。  外見だけならかっこよさ三割増だと思う。中身で五割減だけどな。  そんな兄を長々と預かる訳にはいかないだろう。あと一緒にいると視線が気になって仕方ないので早くクラスにお返ししたかった。  ……それにしても。  カコッ、カコッ、と間抜けな音を鳴らすハイヒールに目を落とす。  一応少しは歩く練習もしたのだが、基本的に受付で座るか教室でじっとするだけだったので全く履き慣れていない。  女の人がカッ!カッ!て踵鳴らしながら颯爽と歩いてるの見るけど、よくあんな普通に歩けるな……。  足も痛くなってきて、俺の歩き方は不格好そのものだった。  苦戦する俺の様子に、兄が立ち止まった。手を引かれていた俺も自然と立ち止まる。うっ、立ち止まるとつんのめりそうだ。  兄は俺を見てニィッと嫌な笑みを浮かべた。 「お姫様抱っこしてやろっか」 「マジでいらない」 「でも足痛いだろ。脱いじゃえば?」 「ん……仕方ない、脱ぐか……」  このごちゃごちゃした校内を素足で歩くのは少し怖いが、そうでなくてもこのままでは今日一日歩き回れなくなりそうだ。  俺は兄に掴まってハイヒールを脱いだ。すると、兄も自分の黒い革靴を脱ぎ始めた。 「ん」  兄が俺の足の前に革靴を置く。俺は「へ」と間抜けな声を出した。 「お兄ハイヒール履くの?」 「履く訳ねーだろ」 「えっ、じゃあ裸足じゃん!いいよ、危ないよ」 「お前と違ってちゃんと注意して歩けっから」 「俺だって注意して歩けっからな!」  そう訴えたが、兄は有無を言わせない様子で俺に革靴を履かせた。ちょっと大きいけど、ハイヒールとは比べ物にならないくらい快適だ。 「え~何、優しいじゃん。ひひ」 「そう俺今日優しいから。他校のJKにモテようとしてっから」 「嘘つけ」  全くそんなこと思っていなさそうな顔で兄が言うので笑ってしまった。  別に今日に限らず、兄は結構こういうところがあるのだ。兄気質というか、意外と面倒見が良いというか。  軽口だって、結局のところ照れ隠し。……そういうところもモテる理由か?うわ、腹立ってきた。  今度はカパカパと革靴を鳴らしながら混雑する廊下を歩き、ようやく教室に戻ってくる。 「あ、柳く……、!?!?!?」  受付を交代したのか、座っていたのはタケと衣装係の女子ではなかった。  『あ、』と思う。奇しくも、兄のシフトを尋ねてきた女子二人だった。 「これ返す」  兄が受付の二人の前に俺の身体をずいっと差し出す。『これ』扱いすな。  不意打ちとも呼べるような状況に言葉を失い首をぶんぶん縦に振るだけになっている受付の横の戸から、タケがひょこっと顔を覗かせた。 「おーひなたおかえりー」 「ぶはっ、待ってマジでお前の女装笑っちゃう」 「何すか夕影さんったらも~、セクシーでキュートでしょ?」 「どこがだよ」  タケの女装がツボらしい兄はスマホを取り出して写真を撮り始めた。カメラ目線でポーズをしながら、タケが俺に言う。 「ひなたもう自由時間入ってるよ」 「え、でも仕事放って勝手に抜け出しちゃったし」  時間だけなら10分ほどしか仕事をしていない上、その10分ですら何もしていない。このまま休憩に入るのはさすがに罪悪感がある。  そう思っていると、幾分落ち着いたらしい受付の女子の一人が口を開いた。 「ていうか柳くん中のお仕事もう大丈夫だよ。私この後ずっと受付だから仕事交換しよ」 「えっ、何で」 「えっ、だって怖くて泣いちゃったんでしょ?ごめんね、うちのクラスガチで作り込んだから怖がりな子には怖いよね」 「は!?いや、ちが!え!?」  女子とタケを凄まじい形相で交互に見る。撮影会を終えたらしいタケが口を開いた。 「夕影さんが『弟が中で号泣してるから拾っていい?』って」  ギュンッ!と音がしそうな勢いで兄を振り返る。兄はケラケラ笑っていた。  握った拳で思い切り胸板を殴りつける。 「泣いてない!号泣なんかしてない!」 「いやボロ泣きだったろお前。怖かったんだな~よしよしもう大丈夫だからな~」 「やめろ撫でんな!」  ニヤニヤ笑いながら頭を撫でてくる兄を何度も殴る。  いってーな!と言いつつ顔はずっと笑っているのが更に腹立たしい。  「まあでも怖いよなー……」と教室の中に視線を向けるタケは、恐らくお化け屋敷のことではなく中にいる霊のことを言っている。  『そういうことをすると寄ってくる』とは本当のことで、実際中にはいつもより霊が多かった。基本的に害はないようだが。 「泣いてないから!怖くもないから!中の仕事やるから!」 「うんうん、分かってる分かってる」  女子二人が妙に優しげな顔で頷く。これ絶対分かってないやつじゃん。クッソ!このままでは沽券に関わる。本当に怖くないのに。泣いたのは確かだけど別に教室が怖くて泣いた訳じゃない! 「とりあえず休憩行ってこいよ。ちょっと早いけど昼飯でも食ってきたら?」  タケがそう言って教室の中に引っ込んでいく。それを皮切りに女子もまた仕事モードに戻り、各自話が終わったような雰囲気を醸し始めた。おい、終わってないぞ話。  不満げな顔をする俺の肩を兄が叩く。 「じゃあ俺んとこで飯食えや」  金落としてけよ、と手で輪っかを作って言う。  一瞬ムッとしたが、こんなところで時間を空費するのも勿体ないような気がする。他に行くところもないので、俺は上靴に履き替えて大人しく兄に着いて行くことにした。 ☆  教室に着くといの一番に女子生徒が声を上げた。 「あー!柳くん女の子連れてるー!」 「は!?お前急に出てったと思ったら仕事サボって女子と会ってたのかよ!」  いや、よく見てくれ。  そんな想いはシンクロしたようで、兄が呆れたように溜め息を吐いた。 「弟。よく見ろ、男だろーが」 「え!?ひなたくん!?」  そう言ってこちらを向く女生徒に俺が驚いた。この女生徒とは顔を合わせたことがないはずだが。そう思っていると色々なところから「え!?その子ひなたくん!?」と声が上がった。  えっ何!?何で俺こんな局所的に知名度高いの!?  恐らく元凶であろう兄を睨みつけるが、いつも通りどこ吹く風だ。  適当な席に座り、メニューを眺める。  カフェというだけあって飲み物がメインだったが、ホットサンドなどの軽食や焼き菓子もあった。 「そしたらー、ホットサンドとお茶で」 「コーヒー飲めないお子ちゃまだからなー」 「うっせーわ」  注文をメモして踵を返す兄に「ちゃんと仕事しろよな」と揶揄い混じりの声をかける。 「お前こそお化け屋敷のお化け役のくせに泣いてんじゃねーよ」 「う、うっせーわ!」  黒いシックな雰囲気で統一された内装を眺めながら頼んだものが来るのを待っていると、教室の戸から袋を持ったナッちゃんが入ってきた。 「あ、ナッちゃーん!」 「へっ!?」  俺が手を振るとナッちゃんは一瞬固まってから、「その声、ひなた!?」と近づいてきた。おお、声で分かるのはさすがだ。 「何だお前可愛い格好してー!」 「ちょっとマジで揶揄わないできつい」 「いや揶揄ってないって。いやー、お前……可愛いなぁおい」  隣に座ったナッちゃんがしげしげと俺を見る。 「ひなた女装似合うんだなぁ」 「いやいやいや、嘘でしょ。これ似合ってんの?」 「似合ってる似合ってる」 「いやいやいやいや」  首を横に降る俺に対し、ナッちゃんはうんうん何度も頷いている。何だか居心地が悪いので、話題を変えることにした。 「ナッちゃんも自由時間?」  ナッちゃんは兄と揃いのアメリカンポリス衣装を身にまといつつ、出店の袋をガサガサ言わせていた。  指差して俺が言うと「そうそう」と返ってくる。 「昼飯。あ、ひなたこれあげる」 「何?」  首を傾げていると、ナッちゃんが袋からフランクフルトを取り出して、俺の口に突っ込んできた。思った以上に奥まで差し込まれて「んぶっ!」と醜い声が出る。 「あ、ごめんケチャップかけんの忘れてた」 「そこじゃねー!」 「マスタードもいる?」 「あ、ちょーだい」  ナッちゃんにケチャップとマスタードをかけてもらって、改めてかぶりつく。 「うまー!」 「おい、それ俺のだろ」  咀嚼しながら頬を緩ませていると、頭上から兄の声が聞こえた。机にお茶の入った紙コップが置かれる。 「あ、どうも~」 「『あ、どうも~』じゃねーよ寄越せオラ」  兄が俺の手からフランクフルトを食べる。  何だ、お兄のだったのか。なら仕方ない、このまま食わせてやろう。  俺が兄に串を渡すと、ナッちゃんが「あ」と何かに気が付いたように声を上げた。 「ひなた、スカートめくれてる」  ほら、と指さされた場所を見る。と、めくれたスカートの下の太ももに真っ赤な手の跡が付いているのが見えた。思わず「ひっ、」と悲鳴を上げる。  跡が付いていたのは、さっき空き教室で剥がしたあの手があった場所だった。  俺は泣きそうになりながら兄を見た。 「そのうち消えるからだいじょぶだって」  兄は事も無げにそう言ってフランクフルトを齧る。「ん?」と首を傾げたナッちゃんは、しばらくして何かを察したように「あ~」と言った。 「また何か怖いこと巻き込まれたんか。可哀想に」 「ほんと可哀想だよな。俺が」 「夕影はひなたに呼ばれたら嬉嬉として飛び出して行くじゃん」 「嬉嬉とはしてねーよ」  兄はフランクフルトを食べ終わると、串をゴミ箱に捨ててまたそのまま戻っていく。 「あの人嬉嬉として飛び出してんの?」 「っていうか、迷わず飛び出していくな。『仕方ねーなぁ』って口では言うけど全然嫌そうじゃないんだよ。きひひ、意外とブラコンだよな」 「へぇ~……ほぉ~ん……」  それを聞いて俺はニヤリとする。ほほー、あんなんでも弟に頼られんのはそれなりに嬉しいってか。可愛いとこあんじゃん。こりゃ揶揄う手札が増えたな。  ナッちゃんと喋っていると、どこかから声が上がった。 「名津井ー!ちょっと手伝ってー!」 「えー!俺まだ飯食ってない!」 「後で食って!」  ナッちゃんが渋々といった様子で食べかけていたおにぎりセットに蓋をする。  教室内を見ると、確かに入ってきたときよりも人が増えていた。  そんじゃねー、と去っていくナッちゃんを見送って少し経った頃、頼んだホットサンドが机に運ばれてきた。 「はい、どうぞ。陽向くん」  持ってきたのは雪見さんだった。  「あ、雪見さん。お疲れ様です」と挨拶すると、雪見さんはにっこり笑って挨拶を返してくれた。  雪見さんの着ていた服は、兄やナッちゃんとはまた違うものだった。上はシンプルな青色のシャツだが、腰周りや太ももにガチャガチャと厳ついものが沢山付いている。これもどこかの国の警察の制服なのだろうか。  ふと、『あれ?そういえば』と思い首を傾げる。 「雪見さん、よく俺のこと分かりましたね。我ながら別人みたいに顔変わってんのに」 「分かるよ」 「おお、すごいすね」 「気配だよ。陽向くんは独特の気配があるから」 「えっ、それはどういう」 「うーん、……色んなものがくっついてる気配?」  雪見さんが小首を傾げて微笑む。い、色んなものがくっついてる気配?……え、それ俺やばくない?え、何がくっついてんの?  自分の身体を見回してみたが、太ももの手の跡以外には特に何も見当たらない。 「でもびっくりしたよ。陽向くんだと思って来てみたら可愛い女の子がいたから」 「ええ……雪見さんそういう冗談言うんすね……強めに突っ込んでいいすか……」 「え~、冗談じゃないのに。元々可愛い顔立ちだったけど、また随分可愛くしてもらったねぇ」 「う、嬉しくね~」  いつもの柔らかい笑みを浮かべて雪見さんはむず痒くなるようなことを言う。  まず間違いなく冗談だとは思うが、雪見さんの表情はその辺を妙に見分けづらく、俺は頬を掻くしかなかった。あ、爪の中にファンデーション入った。  雪見さんがふと、俺に顔を近づけた。 「何ですか?」 「ん、新入りがいる気がする」 「新入り!?」  新入りって何!?ってことはレギュラーもいんの!?何それ!?  雪見さんは「うーん、どこだろう」と言いながら手を浮かせた。気配を探すようにしばらく彷徨わせて、やがてその手は赤い跡のある太ももにそっと触れた。 「ここ、変な感じがする」  びっくりした。この人本当に気配に敏感なんだな……。「何かある?」と聞く雪見さんに「はい」と答えると、何故か嬉しそうな顔をしていた。 「あと、ここも。この辺もかな。あ、ここもだ」 「う……ひひ、く、くすぐったいですよ」  気配を辿るのが楽しくなったらしい雪見さんが、腰やら肩甲骨やらを手でなぞる。  時折笑い声を漏らしながらこそばゆさと戦っていると、頭上から声がした。 「うちお触り禁止ですけど」  見上げると、兄が腰に手を当ててこちらを見下ろしていた。機嫌が悪そうだ。内心『ゲッ』と思う。 「あはは、ごめんね。可愛いからつい」 「いやいやいや」  何を言う、と雪見さんに胡乱な目を向ける。雪見さんは何でもないようにニコッと笑って上半身を起こした。 「じゃあ陽向くん、ごゆっくり」 「あ、はい。あざす」  手を振って踵を返していく雪見さんの背を見送って、ふと俺を見下ろす兄の視線に気付く。変わらず、不機嫌そうな表情をしていた。  兄は俺が雪見さんと接触するのを良しとしない。  ので、俺は誤魔化すようにへらりと笑った。しかし、ガッ!と兄が俺の両頬を片手で鷲掴む。 「んむ、うー!」 「お前の警戒心のなさは説教もんだなぁ」 「う!む、ゆ、うう」  兄の腕を両手で掴んで必死で抵抗する。やべえ、びくともしねえ。どうなってんだよ。ていうか指に粉つくんじゃない?いいの?化粧されたとき尋常じゃないくらい顔に粉叩かれたけど。  上で抵抗できないなら下だと思い脛を蹴ったら、あっさり手が離れた。 「ってーな!お前そこ弁慶ですら泣くとこ!」 「俺だってほっぺ痛いから!危うく骨格変わるから!」 「柳ーイチャイチャすんなー」  空き席を整えていた男子生徒が揶揄うような口調で言う。兄はそれに「目腐ってんのか」と吐き捨てた。さすがに同意だ。 「ほら、仕事しろ仕事」 「やかましいわ」  言いながら兄が去っていく。  教室はどんどん客足が増えており、忙しそうに接客をしている兄を見ながら俺は悠々とホットサンドを頬張った。  最後の一口を食べ終わり、ぐいっとお茶を煽って立ち上がる。ゴミ箱に容器を捨てて、兄に一声かけた。 「じゃーねお兄。頑張って」  すると兄は横を通り過ぎようとした俺の肩をグッと引き寄せ、耳元に顔を近づけてきた。ひそひそ声が鼓膜を震わせる。 「お前中の仕事マジで断っとけよ」 「え、何で」  確かに普段より霊の数は多かったが、件の奴を除けば他は大したこともなさそうだった。  そう思い首を傾げた俺に、兄は呆れ顔をした。 「念のため以外の何があるんだよ」 「えー大丈夫だって」 「馬鹿かお前は。変わってやるっつってる奴がいるんだから有り難く変わって貰えよ」 「情けねーじゃん!俺男なのに女子に変わってもらうって」 「別に俺はまた『弟が泣いてる』って回収しに行ってもいいけど?うわー、そっちの方が100倍情けねー」  ケラケラ笑う兄に俺は口を噤んだ。確かに俺もそっちの方が嫌だ。恥ずかしい以外の何物でもない。 「……き、気ィ向いたら変わってもらうし」 「おーおー強がってろ」  言いながら兄がするっと離れる。  お客さんが来たのでそれ以上言葉は交わさず教室を出ようとすると、「陽向くん陽向くん」と呼び止められた。  声のした方を向くと、コーヒーメーカーやら大きなペットボトルやらの置かれた窓際のスペースで、俺を手招きしている女子生徒がいた。  あ、澤田……さん、だっけ。兄と仲のいい黒髪ロングの。  俺は澤田さんのもとへ向かう。 「お疲れ様です」 「お疲れさま~。陽向くん、化粧直してあげるよ」 「えっ!」 「もー、お化粧したらあんまり顔触っちゃダメなんだよ。せっかく可愛いのに」 「いっ、いいです!大丈夫です!」 「大丈夫じゃない!柳くーん、弟くんちょっと借りてもいい?」 「あ?何で」 「化粧直し!」 「ぶはっ!いーよ」  吹き出した兄に「笑うなー!」と憤慨する。  澤田さんは兄の許可を得て満足したのか俺を近くの椅子に座らせた。ちょっと、俺は許可出してないんですけど! 「お、柳弟だ」 「マジ妹じゃん」 「ガチ女装?すご」  通りすがる警官服達が俺をちらりと見遣っていくので、居た堪れない気持ちになる。  お茶をコップに注ぎに来た兄が口を開いた。 「あんまいじってやんなよ」 「うわ、柳が兄貴風吹かせてんのウケる」 「一番いじってんのお前だろ」 「うっせーわ」  吐き捨てながら兄がコップのお茶を飲む。  お前が飲むんかい、と思ったらしっかり周りからツッコミが入った。良かった、こいつを野放しにしないクラスで。  兄が去り、澤田さんが向かいに椅子を持ってきて座る。 「必要最低限のものしかないから教室戻ったら色々足してもらったらいいかも」 「いや!いいです!」 「そう?まぁでも素材の味を活かすのもいいよね」 「いやそういうことでは全くないですけど」  目を瞑ってされるがままになる。  「こっちの色の方がいいかな」などと呟きながら俺の顔に触れる澤田さんは、何だか楽しそうだ。  何?女子ってみんな男の顔いじんの好きなの?俺のクラスの衣装係達も、選ばれし数名の犠牲者達を化粧しているときは心底楽しそうだった。 「――こんなところかな。うんうん、可愛い」 「終わったんですか」 「終わったよー、目開けて大丈夫」 「あ、あざした……」  目を開けると、澤田さんが手鏡を見せてきた。覗き込むとそこには相変わらず別人みたいな俺の顔。  何がどう変わったのか俺には分からないのでとりあえず曖昧に頷いておくと、澤田さんは鏡を仕舞った。 「柳弟こっち向いてー」 「え、はい」  呼びかけられてそちらを向く。 「おお、可愛い」 「可愛い可愛い」 「そ、そーやっていじる……」  女装したからには仕方のないことだとは思うが、割り切れていない分中途半端に照れてしまって余計に恥ずかしい。  タケのように堂々と『サービスショットどうぞ~』とポーズの一つでも取れたら一周回って楽しいのかもしれないが、俺には百年早い。  ふと時計を見れば、休憩時間も終わりに近づいていた。澤田さんの方を向く。 「じゃあ、そろそろ休憩終わるので……」 「あ、そっかそっか。また遊びに来てね」 「はい。ご飯美味しかったです、ごちそうさまでした」  教室の戸へ向かう途中、兄がこちらを見てニヤ~ッと笑った。 「可愛くしてもらってよかったな」 「うっせんだわ!」 ☆  自分のクラスへ向かうと既にシフト表が組み替えられていて、俺は結局受付から役割が変わらなかった。  それでも一日目は自由時間の方が多かったのでまだマシだ。二日目は出店当番の方が多くなる。すなわち、一日中受付に座っているということだ。俺は明日のことを考えて溜め息を吐いた。

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