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〔余話〕その1 自己を慰めると書いて(R-15)
※R-15
(いや、冷静になれ俺。陽向への『好き』は単に兄弟愛がカンストしただけかもしんねぇぞ)
夜中、覚醒と眠りの狭間でゆらゆら揺れていたとき、突然そんな考えが浮かんでパチリと目が覚めた。意識は一気に覚醒へ傾く。
すぐ傍では、件の陽向が寝息を立てて眠りこけていた。そうだ。こんな自然に同じ布団入って何事もなく寝ようとしてたんだぞ、俺は。こりゃ俺の勘違いも充分有り得るだろ。
本当に恋愛感情で好きなのかどうか、見極めるには簡単な方法がある。
──そう。自己を慰めると書いて自慰、そのオカズになるかどうかだ。
ひとまず上半身を起こし、陽向の寝顔を見下ろす。……よく眠っているが、さすがにここで致す訳にはいかない。そういうシチュエーションあるけどな。寝顔に顔謝とかな。うわ、やってみてぇ。
(いやいや、やってみてぇじゃねーよ)
己の汚れきった思考に軽く頭を振り、再度陽向を見る。
安心しきった間抜けな寝顔は、どれだけ成長してもあどけないままだ。たまに口を開けて眠るので、俺の布団が陽向の涎まみれになったりする。
陽向の丸い頬を人差し指で擽る。
「んむぅ……?」
むにゃむにゃ反応を示す様子に、思わず笑いが漏れた。
俺はそのまま静かに布団を出て、自室を後にした。
☆
さて、致す場所の定番と言えばどこだろうか。自室に次ぐのはトイレか。この時間ならば不審に思う者もいないし、処理も楽だ。
……などとつまらないことは言わない。
俺は部屋を出ると真っ直ぐに陽向の部屋へ立ち入った。
せっかくなら万全を期してオカズにしてやる。
暗闇の中、部屋のクローゼットを開けると、嗅ぎ慣れた匂いがした。よく晴れた空の下で干した布団みたいな、日だまりの香り。
あれがダニの死骸の匂いだと言うのはどうやら嘘らしい。
一時期そのネタを鵜呑みにして陽向をからかったことがあったな。泣く寸前までからかったのは流石にやり過ぎたと思う。七歳の陽向、ごめん。
俺は日だまりの香りの中から、制服のブレザーを取り出した。つい数時間前まで身に纏われていたので、陽向の香りが濃く残っている。
(うわぁ、俺変態くせーな)
ブレザー片手に一人で苦笑しながら陽向のベッドへ腰掛ける。
まぁ、これで勃たなかったらもうこんな変態くせーことしなくて良いんだしな。物は試しだ。形振りは構わん。
俺は自分のブツを取り出しながら(あー、そうだなぁ)と思考を開始した。
(シチュエーションは大事だよな。えーと。やべぇ、妄想オカズにすんのなんか初めてだから何すりゃいいか分からん)
とりあえず、今頭の中にいる陽向は完全に制服を着てしまっているので、これを脱がせばいいのだろうか。
『やん、エッチ♡』
(……)
制服に手をかけると、頭の中の陽向は肩をはだけさせながらふざけた顔でそう言った。
本当に言いそうで何かムカつく。
駄目だ。こんな最初っから始めるんじゃ恐らく夜明けまで事が進まない。
ここは手っ取り早く据え膳を……据え膳……据え膳……。
『お、お兄、恥ずかしいんだけど……』
必死に念を込めた結果、無事頭の中の陽向が服を剥いだ。見慣れた裸体を少し赤く染め、陽向が俯きがちにこちらを見る。
『ほ、ほんとにするの?』
『ほんとにするよ』
『でも、だって、俺男だし……』
『関係ねーよ』
『……兄弟……だし……』
関係ねーよ。
そう即答してしまった時点で、俺の中でもうこの感情が間違いじゃないと認めているようなものだった。
……実際は関係大有りだ。
陽向が俺のこの感情を悟ってしまったら最後、俺達は元の関係に戻れないだろう。
兄としてそれなりに愛されている自信はあるが、流石にこれを受け止めろとは言えない。
あのお人好し馬鹿のことだから、俺の気持ちを知ったらきっと悩みまくるだろう。俺を傷付けないように、とか自分の心を擦り減らして。
俺はあいつをそんな風に苦しめたくないし、傷付けたくない。
だから俺は、この感情を誰にも、陽向にも、知られる訳にはいかないのだ。
あいつ普段ぼけーっとしてるけど、家族のことだと経験則でちょっと察し良くなるからな。多少は気を付けねぇと。
まぁ、とは言え。俺が男だ兄弟だということをすっ飛ばして陽向を好きになったこともまた事実だ。
(現にちゃっかり勃ってるし。俺の愛息が)
どうやら俺は、この事実を認めるしかないらしい。
恥じらう陽向の肌に指を這わせる。
ただの中肉中背な男子高校生の身体なのに、やけに劣情を煽られる。指が触れ、ビクッと反応されただけで、得も言われぬ興奮が背を駆けた。……まぁ、全部妄想だけど。
陽向の胸の真ん中にあるほくろを指でつつく。『変な位置にほくろがある』っつって気にしてんだよな。今となっちゃ、それすら愛おしい。
『お、おにぃ……』
焦ったように、困ったように陽向が声を震わせる。
ふ、と笑って俺は陽向の手を掴んだ。
『俺の、触って?』
『え、えぅ……』
『もう結構キツいんだよ』
『あ、う、』
掴んだ手をそこへ誘うと、陽向は顔を真っ赤にさせながら弱々しく握った。
……まぁ、握ってんのは俺だけど。何かいちいち我に返って萎えそうになるな。慣れないことするとこうなる。
『こ、こう……?』
『っ、……そう』
『き、きもちい?』
『うん。きもちい』
伺うように顔を覗き込んでくる陽向……の幻影に、ゾクゾク快感が走る。片手に持ったままだったブレザーを嗅ぐと、情景が一層リアルになった。
あー、切ねー。稀代のモテ男くんの自慰にしちゃ虚しすぎるな。でもこれから死ぬまでこんなことして欲求晴らすんだよな。
決めた。せめてこの脳内陽向だけは俺色に染めよう。言葉責めとかされて興奮してしまうような奴に育てよう。
『おにい、きもちい?』
『っん゛、……』
『お兄のきもちいとこちょっと分かってきたよ。ここ好きでしょ、ね。へへ、何かたのしい。お兄のこと手のひらで転がしてるみたい』
『うっ、さ……』
『きもちいねぇ、ふふふ』
陽向の匂いと、陽向の声がする。
気付かぬ内に欲求不満だったのか、俺はあっという間に果てた。
瞬間、気だるさと入れ替わるように妄想が掻き消える。
うわ……情けねーイキ方した……。まだ前戯だったろ。
しかも何かあいつのが優位に立ってたし。クソ、負けた気がする。
正直、オカズとしてはもっと俺優位の方が興奮する。
が、しかし、ちょっと要領を掴んできた陽向がああして調子に乗り出すのも、妄想としては褒めたいくらいリアルだったと思う。
じゃあ次は、調子に乗った陽向をひっくり返して泡食わしてやりゃ良い訳だ。
(よし。次こそぜってー犯す)
精の吐き出されたティッシュを丸めながら、俺は一人闘志を燃やした。
隣の部屋で陽向が眠りながら謎の悪寒に襲われたことなど、露知らず。
〔おまけ〕
その後賢者タイムながらも多少目が冴えてしまい、下に降りて水を飲んだり面白い深夜番組がやっていないかとテレビを点けてみたりして、一時間ほど経ってからようやく自室へ戻った。
すっかり冷えてしまった身体を暖めようと、暗闇の中で早急に布団へ潜ると、
「……」
「うおっ」
何故か目を開けていた陽向に気付き、思わず声を上げた。
が、そんな俺に陽向は特段反応を示さず、半目でぼーっとしているだけ。
え?目開けたまま寝てんの?
「……」
「……」
訝しく思い陽向の顔を見つめるが、沈黙が続くばかりだ。その奇妙な様子に、俺はだんだん嫌な予感がしてきた。
(……さっきまで俺がやってたことに気付いたか?)
しかし部屋を出たときは確かに眠っていたし、隣の部屋とは言え声もほとんど出さなかったから気付くはずがない。
それならば、何だこの、何だ。マジで。怖。
戸惑いのあまり形容することも諦めてしまった。
と、そんなとき、不意にごそごそと衣擦れの音が聞こえた。
「だめでしょー……勝手にいなくなっちゃ……」
「……は」
ぼんやりした芯のない声で、陽向がふにゃふにゃ言う。
そして陽向は、布団の中で俺の身体に腕を巻きつけてきた。
「!」
「ほらぁ~……ちべたくなっちゃってるじゃないの~……もぉ~……」
『ちべたい』て。
抱き締める力は非常に弱々しく、ほとんど力が入っていない。
……もしやこいつ、寝惚けてんな?いや、もしやじゃないな。確実に寝惚けてる。
「ひな」
「あったかくして寝ないとだめなんだからね~……さむいんだから……」
「ひーな」
「んむぅ……むにゃ……」
再び夢の中へと引きずり込まれていくのが如実に分かって、少々ツボに入ってしまった。
が、そんな俺の油断を不意に陽向が揺るがす。
「おにぃ、あったかいねぇ、ふふふ」
その言い方が完全に先ほどの『きもちいねぇ、ふふふ』で、俺は思わず固まってしまった。
やべやべやべ。勃つ勃つ。勃つって。
(2、3、5、7、11、13、17、19……)
結局俺はその夜、ベタに素数を数えながら眠りに就く羽目になった。
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