36 / 49

Ⅴ この手をずっと握ろう⑤

シャアァァァァァー 雨が白く煙っている。 雨の音から身を隠すように。お兄様の腕が俺を(いだ)いている。 夕立だ。 雨雲が通りすぎれば、また晴れるだろう。 だが、雨は暫くやみそうにない。 ゴロン……ゴロンッ 重たくのし掛かる空を引っ掻く音が蠢く。 遠くの空で、雷鳴が聞こえた。 「いけないね。木の下は危険だ」 雨宿りをしようにも、この近くにはそれらしき建物がない。 ゴロ…ゴロンッ 黒い雲の中で遠雷が鳴っている。 「校舎まで走った方がよさそうだ」 ここからなら、第3棟が一番近い。 「お兄様、こっち」 振り返って、手を引っ張った。 バシャバシャッ 雨音が割れる。豪雨の中、バシャバシャ、雨粒を蹴って走ってくる足音が聞こえた。 「イク!」 「ミコトさん!」 「ヘンゼル、グレーテル」 俺達を心配して、迎えにきてくれたんだ。 「大丈夫……な訳ないな」 「もうベチョベチョ」 「ハハ、俺達も」 「早く行こ」 ほかの学生や来賓達も、一斉に第3棟に向かって走っている。 俺達も人の流れに合流して、校舎に走り出した…… 「……ヘンゼル?」 ふと…… ヘンゼルの足が止まった。 俺も、お兄様と手を繋いで立ち止まる。グレーテルがいぶかしげな面持ちを滲ませて、ヘンゼルに駆け寄った。 「どうした?」 グレーテルが問いかけても、ヘンゼルの碧眼は流れ落ちる土砂降りの空だけを見上げている。 「……来る」 雨に濡れた唇が開いた。 「音の速度は、秒速340m。時速に直すと1.224km。雷雲は雷鳴が聞こえた時点で半径10km圏内にある。 稲妻の速度は秒速150km。雷は10km離れた先でも落雷する。 ……雷が落ちる」 「ヘンゼル!」 「イクを頼んだぞ。俺は落雷を誘導する」 「お前、まさかッ」 「雷は人間よりも金属に落ちる。 ……俺は、機械だ」 バシャバシャバシャッ 人の流れに逆らって、ヘンゼルが駆け出した。 人込みから離れた場所で、ヘンゼルが止まった時…… ガラガラッヴァリィーインッ!! 轟雷が雲から落ちた。 真っ白な閃光が網膜を貫いて…… 雨の音が甦った景色に、ヘンゼルがいない。 ヘンゼルが動かない。

ともだちにシェアしよう!