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長谷 潤一の苦悩の日々①

✳︎潤一の告白までの苦悩 入試当日。 走れば間に合うのは分かっている。でも筆記試験はオマケで、運動部の推薦をもらって殆ど合格が決まっていると、自分を追い抜かして走って行く人々に混ざる気にはなれなかった。 「敦、待って。僕もう走れない」 「オレはここ以外受験しないって言ったろ? 遅刻する訳にはいかないんだ。先に行く」 チマいのが2人自分を追い抜いて行く。 身長差はどの位あるだろうか。185は越えている自分にとっては殆どの人間が小さいのだが、約30cm以上小さいとチマいと感じるようだった。 前を行く子が先に行くと言っても、後ろの子を待っているのが分かった。 一緒に受験に向かうということは、相当仲が良いのだろう。 自分にはそういう友達はいない為少し羨ましくなる。 そんな2人を見ていたら、後ろから追っている子が前の子のシャツの裾を持った。その事に気付かずに前の子が走り出そうとしてよろける。 「危ない」 咄嗟に自分は走ってその子を抱きとめた。 何が起こったのか分かっていないのか、目を見開いて俺を見てきた。 可愛い 抱きとめた体は骨張っていて、男性だという認識もしている。 それでも、俺はその子の事を可愛いと思っていた。 「大丈夫か?」 「ありがとうございます。すみませんが先を急ぐので失礼します。ほら誠、行くぞ」 涼やかな声が鼓膜を揺らしてその子は走って行ってしまった。 おそらく目的地は同じ高校だろう。 ここ以外受験しないって言ってたな。 同じ寮に入れれば毎日顔を見られるかもしれないんだなぁなんて思っていたら、全くやる気のなかった筆記試験を頑張ろうなんて考え始めていた。 全くゲンキンだと自嘲する。 少しだけ歩幅を広げると速度も上げて試験会場へと向かった。 入試は滞りなく終わった。 まあ、頑張ったところで結果は変わらないだろうが、あの子のお陰で入学する事は楽しみになった。 入試から約3週間後に合格通知が送られてきた。 同封されているものを1つずつ見ていく。 筆記試験の順位が書かれた紙が1番上にある。 142人中58位。真ん中より少し上か。ま、こんなもんだな。 次に冊子になっている入学案内を見る。 表紙をめくると、自分は第1寮に入ること、荷物は段ボール何個分まで持って行っていいとか、入寮日の前日までに段ボールの荷物は送っておくこととかが載っている。 入寮日は3月27日。 送る荷物か。 段ボールを用意して何を入れようか考える。 自分の部屋を見回して、本棚に目が止まる。 どうせ何もする事がない時間がたくさんあるだろうし、本も少しは送るか。 新書サイズと文庫本サイズの小説をいくつか手に取る。 ずっと読みたいと思いながら、運動に明け暮れて手を付けていなかったシリーズ物を見つけて、それを用意した段ボールに詰めていく。 送る段ボールの中身は小説と着替えだけだった。 着替えとはいっても、制服は寮の自分の部屋に用意されているらしいので、部屋着と言う名のジャージやスウェットを何着か入れただけだ。 寮の部屋は基本2人部屋で、卒業まで同室の相手は変わらないと、冊子に書いてある。 今まで親友と呼べるような友人が出来たことは無かった。 だが、3年間も同じ部屋で過ごせば同室の相手とはそんな関係になれるかもしれないと、それがどんな人物なのかと想像してみようとしてやめた。 想像で現れるのはあの時の可愛いあの子だけ。そんなことはある訳がないと俺は首を横に振る。 「どんだけあの子に会いたいんだよ、俺は」 あの子の事を考えるだけで胸が騒ぐ。こんな感覚は初めてでどうしたらいいのか分からなくなる。 その日は筋トレをして何も考えられなくなる程体を疲れさせてから風呂に入って寝た。

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