3 / 15

長谷 潤一の苦悩の日々②

入寮日の日の朝、母さんが作ってくれた朝ご飯を何時ものように食べていた。 「潤一、あんた少しは笑った方がいいわよ。でっかくてそんな難しい顔ばかりしてたら怖がられちゃうわ。まったくあの人はあんなに朗らかなのにねぇ」 殆ど存在感がない父さんを母さんが見た。 笑っても良いけど、それはそれで怖がられる、なんて言えなかった。 「なんとかやってみる。そろそろ行くよ」 朝ご飯を食べ終えて歯磨きをすると、部活や自主練に必要なものを入れた大きめのバッグを自分の部屋から持って来た。 「元気に頑張りなさい!」 「あぁ」 母さんの大声を聞くこともしばらくないのかと思うと、少しだけ寂しくなる。 「何かあったらいつでも連絡しなさい」 父さんは握手をしながら母さんには気が付かれないように小遣いを握られせてくれた。 こういう父さんの粋な計らいは、いつの日か真似したいと思う。 家を出るのは勿論初めてのことで、不安もあるが期待に胸を膨らませ、学校の敷地内にある寮へと向かった。 第1寮の前に着くと、ドアの前に少し触っただけでも倒れてしまいそうなくらい小さくて細い子がいた。 大きな荷物を持っているからドアが開けられないらしい。 「大丈夫か?」 後ろから声をかけつつドアを開けると、その子は中に入るとこちらを見上げた。 表情は変わらなくても気配で怖がられていることが分かる。 「驚かせたな。何もしないから安心しろ」 その子は口を開きかけたが閉じて、そのまま一礼すると大きな荷物を抱えて、新入生はこちら、と書かれた紙の方向に歩いて行った。 同じ所に自分も行かないといけないのだが、先程の子をまた怖がらせてもなぁと思い、ゆっくりと歩いてみた。 目的地にはまだその子がいたが、もう話は終わる所のようだった。 「本島くんの部屋の鍵はこれね。夕飯は大体6時くらいだから、それまではゆっくりしてていいよ」 「はい…」 本島っていうのか。 今度は俺に気がつかなかったから怖がらせる事もなかった。 「次は君? 名前を教えて」 「長谷です。長谷潤一」 名簿を確認すると見上げられた。 「長谷くんね。僕は第1寮の寮長である安藤です。よろしく。同室の子はまだ来てないな。先に部屋に行ってもいいし、ここで待ってもいいけど、どうする?」 こんなデカい図体をした自分がここにいたら邪魔になりそうだ。 「部屋に行きます」 「わかった。征司、203の鍵持ってきて。詳しい説明は夕飯の後にする予定になってるから。夕飯は大体6時頃だから、それまではゆっくりしてていいよ」 「貴也、これ」 鍵を持ってきた先輩は俺と殆ど同じくらい背があった。 「ありがと。203は1つ上の階だね。部屋番号は扉に書いてあるから、すぐにわかると思う」 「分かりました」 鍵を受け取ると早速部屋へと向かう。 同室の相手はまだ来てないって言ってたな。どんな奴だろう。 想像ではあの子しか出てこないので、考えるのはやめた。 部屋はというと、机とベッドとクローゼットと本棚が2つずつあるだけのシンプルな作りだった。 事前に送っておいた段ボールが無造作に置いてある。 部屋のどちら側を使うとかは話し合った方がいいよな。 ってことは、何も出来ないか。どっちの机やベッドを使うかも分からないから、座る事も出来ないな。 どうしたもんかと思っていたらドアをノックする音がした。 来たか。さてどんな奴だ? ドアを開けても誰もいない。いや、殆どの人間は俺より小さいんだった。 段々と視線を下げて行くと、髪の毛、そして段ボール。 段ボール?! よく見ると重いのか腕がプルプルと震えている。 2個もいっぺんに持つからじゃないか? 2個ともヒョイッと持つと、そこにいる人物が俺を見上げた。 ウソだろ?! 思わず段ボールを落としそうになる。が、なんとか持ち堪えて部屋の中に入れる。 「ありがとう。なんか配送先が間違われたみたいで、まだ運ばないといけないんだ」 あの時と同じ涼やかな声が耳に心地よい。 「手伝う」 自分は少ししかなかったが、この子は送っていい段ボールの数の上限まで送ってきたようだった。 段ボールを全て部屋の中に入れると、ようやく挨拶だ。 「俺は長谷だ。これから3年間よろしく」 「オレは佐々木。佐々木敦。こちらこそよろしく。長谷くん」 「くんとか付けなくていい」 「じゃあオレもそれで」 屈託無く笑いかけてくる。 想像で出て来ていたあの子より、本物の佐々木の方が何倍も可愛い。

ともだちにシェアしよう!