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長谷 潤一の苦悩の日々 終
第1回小テストも終わり、日常が戻ってきた。
今日は部活が急遽休みとなり、部屋で小説を読んでいた。
この時間は敦は河上と本島の部屋で勉強中のはずである。
あれから何度か気持ちを伝えようとしているのだが、なかなか切り出せない。
振られると分かっているのだから、自分が勇気を出せば事はすぐに終わるのだ。
前に夕飯までは勉強の時間と聞いていたのに、敦が部屋に戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
とりあえず、声を掛けた。
もしかしたら今日なら言えるかもしれない、そんな事を思っていた。
「あのさ、潤一」
「ん?」
敦に呼ばれ、本に栞を挟んで閉じるとそちらを見た。
「オレ達のことガードしてくれてたって本当?」
急に言われたことにア然となる。
気が付かれていたのか?
「静と誠のこと護ってくれて、有難う。もしかして、2人のどっちか好きとか? なら応援するけど」
敦が見当違いのことを言う。
どうして自分が護られてると思わないんだ?
「はぁ? ちょっと待て。どうして、そうなる?」
「だって、2人とも可愛いじゃん?」
確かに可愛いとは思う。それでも俺の1番はお前だよ、敦。
「俺からすると、お前が1番可愛いと思うんだが」
「へっ?!」
驚いたような、戸惑っているような顔をしている。
「冗談だろ?」
「いや、真面目な話、敦の大事な友達だから、ついでに変なのを追っ払っただけ」
この流れで言わなかったら一生想いを伝えられない。
「俺は、思った事は言わないと済まないたちなんだ。1度しか言わないから聞いてくれるか?」
敦が頷くのを見て、俺は心を込めて想いを告げた。
「好きだ」
なんの返答もない。
敦は目を見開いて、そこから涙が流れてきた。
泣くほど嫌だったのか?
「あぁ、ごめん。変なこと言って」
俺の言葉に答えるのも嫌なのだろうか。
どんどんと溢れてくる涙を見てどうして良いか分からなくなる。
「忘れていいから」
もう泣かないで欲しい、という言葉は敦の声が聞こえてきたから飲み込んだ。
「忘れない…よ?」
涙を流しながら敦は俺を見ている。
「え?」
忘れないと聞こえた気がする。
「オレも、好き。潤一の事大好き」
空耳ではなさそうだ。敦が満面の笑みを浮かべて俺を見る。
「えぇー?! 俺なんかでいいのか?」
「それ、こっちのセリフだから」
敦がぶつかるように抱き付いてきた。
本当ならギュッと抱きしめたい所なのだが、敦を壊してしまいそうで、優しく、とことん優しく抱き締めた。
自分の腕の中に敦がいる。それが今が現実だと教えてくれる。
嬉しさを噛み締めていると急に何かに下から引っ張られ、どんどんと敦の顔が近づいてくる。
「はっ? むぐっ」
何が起きてる? 唇に柔らかい感触がする。
“チュッ”という音と共に目の前にあった敦の顔が遠のいていき、へへへっと笑った。
まさか今、キスしてたのか?!
マジかよ。俺、初めてだったのにあまり覚えてない。
「潤一って、今まで付き合った人とかいないの?」
敦とは対照的に、俺はそんな人は1人もいなかった。
「……いない…」
「そっか。じゃあ潤一の初めてはオレが全部貰うから」
ニヤリと笑う敦に、俺はツノと尻尾が生えている様に見えた。
「小悪魔」
見たそのままの感想だ。
「褒めんなよ」
敦は嬉しそうに笑っている。
もう自分に向けられる事は無いだろうと思っていた。
そうならなくてよかったと本気で思う。
目の前にいる敦は幻じゃないよな?
今度は少しだけ力を込めて抱き締めた。
敦も俺の背中に腕を回してきた。
「潤一、ちょっと痛い」
「少し我慢しろ」
「しょーがないなー」
敦がクスクスと笑う振動も感じる。
やっぱり現実だ。
こんな幸せなことがあって良いのだろうか。
1度しか言わないなんて言ったけど、やっぱり何度も言いたい。
「大好きだ」
不器用でもいい。
俺は敦の顎を持ち上げて上を向かせると、吸い寄せられるように口付けをした。
敦の唇は柔らかいけど弾力があって、気持ちが良かった。
自分からキスをしたまでは良かったのだが、その後がどうにも恥ずかしくてまともに敦の顔も見られない。
「もう潤一の初めて1つ貰っちゃったね」
その言葉にちらっと見ると、本当に幸せそうに笑っている敦がいた。
それを見て俺も幸せな気持ちになっていた。
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