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ちゃんと言わないと分からないよ?①
✳︎『拓海ママの非日常』の前の出来事
静くんを連れて帰る間も、河上くんと佐々木くんにごめんねって微笑んだ時も、明さんはまだ怒っていた。
他の人には分からないかもしれないけど、僕には怒りがくすぶっていることが手に取るように分かる。
案の定、家に帰って3人と別行動になると、表情が一変した。
「静は優し過ぎる。あんなんじゃ気が済まない」
誰に聞かせるわけでもない。
それでも、声に出さずにはいられないのだろう。
こんな時は声をかけずに放っておくのが得策だ。
呼び出されて途中だった料理を再開しようとして、簡単なものに変更した。
今から手の込んだものを作る気力はなかった。
お風呂の用意も済ませて、食べるものも用意が出来ると、まだ難しい顔をしている明さんに話しかけた。
「明さん、ご飯食べる? お風呂の準備も出来てるけど」
ゆっくりと顔を上げると明さんは僕を見た。
いつもとは違う目をしている。少しだけ怖さを感じるが、それは無かったことにして僕はニッコリと笑った。
明さんが立ち上がって目の前まで来ると、僕の頰を触る。
いつもなら目を閉じて手の感触を楽しむが、怖いという気持ちが先に立って体がビクッとしてしまった。
明さんはすぐに手を引っ込めると、大きく1つ息を吐いた。
「風呂に入って来る」
踵を返して明さんはリビングダイニングから出て行ってしまった。
慌てて追いかけて声をかける。
「着替えは用意しますから」
それに対しての返答はなかった。
着替えを用意して脱衣所に持って行くが、中の様子は分からない。
傷つけてしまったかもしれない。
そう思うとやりきれない。
信頼していて大好きだと思っている人なのに、怖いと思ったことを隠し通せなかった。
どこで明さんを待つのがいいのか分からないが、取り敢えずリビングダイニングに戻ってソファに座る。
いつもすぐに出て来るのに明さんはなかなか戻ってこない。
もしかして部屋に行ってしまったのかもと思って行ってみるがいなかった。
脱衣所を覗くとそこにはさっき用意した着替えがそのままの状態で置かれている。
お風呂場を覗くと明さんがいて、ホッとした。
「随分とゆっくりですね」
明さんがこちらを見る。
少し落ち着いたのか、先程よりは怖さを感じない。
「拓海?」
「うん。どうかしました?」
明さんはいつものようにニヤリと笑う。
「堂々と覗くなんて、どうした?」
「え?」
明さんを心配して来たはずだった。
それなのに、どうやら僕は明さんのHなスイッチを入れてしまったらしい。
狂気に満ちた目は無くなったが、妖艶な目で見られて背中がゾクゾクしてしまう。
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