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先輩に振り回される日々
「遅刻するから急ごう」
先輩、すぐに目を逸らしてしてしまった。
何か、気に触る事したかな・・・。
途中で、昨日、先輩と一緒にいた四人も合流し、賑やかに談笑しながら、学校に向かった。
でも、僕とは一切目を合わせず、声も掛けてくれなかった。
お昼休みに入り、机の上にお弁当を広げていると、先輩が教室に入ってきた。
一斉に女子が色めき立った。
彼も、お弁当を手にしていたから、あっという間に取り囲まれた。
「噂じゃあ、スッゴい、金持ちのボンボンらしいよ。女性関係もハデで、取っ替え引っ替え、いろんな子と付き合っているらしいよ」
林くんが、ひそひそと小声で教えてくれた。
「ふぅ~~ん。そうなんだ。ごめん、興味ない」
「そうくると思ったよ・・・それにしても、羨ましい‼俺も彼女欲しい‼」
菓子パンを頬張りながら、林くん、喚いていた。
「女性関係がバデなのは、うちの兄で、俺は誰とも交際していないが」
「へ⁉」
林くん、襟首を先輩に掴まれ、ぴたりと動きが止まった。
「地獄耳でね」
「す、すみません‼」
先輩に睨まれ、ごほ、ごほと噎せながら、慌てて席を立つと、脱兎の如く逃げ出した。
「たく、どいつもこいつも」
溜め息を吐きながら、空席になった隣の席にどかっと腰を下ろした。
「おっ‼真尋の弁当、美味しそうだな。姉さんの手作り?」
「自分の事はなるべく自分でするようにしてるんです」
「じゃあ、真尋の手作りだ」
「ちょっと‼先輩‼」
嬉しそうに、僕の弁当箱を手にする先輩。
代わりに、自分のを僕の前にどんと置いた。
「うちの母さん、料理と、菓子作りが趣味で、自宅で、料理教室を開いている。味は保証付だ。安心して食べろ」
「先輩、僕の方こそ、味の保証は出来ないから。食べない方が・・・」
「そうか⁉この卵焼き、甘くて美味しいぞ」
「なんで、もう食べてるんですか‼」
油断も隙もない。
でも、有馬さんみたく、美味しいを連呼して、僕の作ったものを嬉しそうに頬張る先輩を見てるうち、反論する気が失せた。
「頂きます」
先輩のお母さんが作ってくれたお弁当を広げ、唐揚げを一口口に入れた。
なんか、懐かしい味。
素朴だけど、じんわりと心に染みてくる。
これが、母の味なのかな。
物心が付く頃には、すでに、母は側にいなかった。
いつも、知らない女の人の、顔色ばかり伺って、ビクビクしていた記憶しかない。
「真尋⁉もしかして、泣いてるのか⁉」
「え⁉」
先輩に言われるまで、自分が泣いている事に気が付かなかった。
「拭くものがないから・・・」
先輩の手がそっと涙を拭ってくれた。
指先が頬に触れた瞬間、胸がドキドキして、息苦しくなった。
有馬さん以外の人に、ときめくなんて・・・信じられなかった。
顔を耳まで真っ赤にし、狼狽えながら、下を向くしかなかった。
追い打ちをかけるように、一部始終見ていたクラスの女子が、一斉に悲鳴を上げ、じろりと僕を睨み付けてきた。
もう、イヤだ・・。
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