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第36話

薄暗くなっても蒸し暑いのは変わらない。駅前の大通りには、屋台がひしめき合うように並んでいて、店の前を多くの人が行き交っていた。擦れ違うのもやっと。先輩の腕にしがみつき、なんとか待ち合わせのコンビニの前に辿り着いた。 「やっと来た。遅いぞ真尋」 「ごめん、かなり待った⁉」 「10分くらいかな」 久喜さんと増井さんは、お揃いの市松模様の紺色の浴衣に身を包んでいた。久喜さんが黒の角帯で、増井さんは白の角帯。 二人ともすらっとしてモデルの様だった。先輩と3人でいると、かなり目立つ。今日の増井さんは、一段と綺麗で、首筋から項のラインが同じ男性だとは思えないぐらい色気を漂わせていた。それにこの甘い香水の匂い。 増井さんには悪いけど、苦手かも。 その彼と何気に目が合い、鼻で笑われた気がした。 どうせチビですよ。顔だって、可愛くないし。 ムスッとして、彼を見上げると、睨み返された。 「早く行かないと、踊り流しが終わっちゃう」 増井さんは、久喜さんと、先輩の手首を掴むと、二人を引っ張って大通りに向かって歩き始めた。 僕の事は一切無視。 先輩もびっくりして、増井さんに、離せ‼って何度も言っていたけど、彼は取り合わなかった。 それどころか、見せ付けるように、二人の腕に自分の腕を絡め、しなだれるように体をピタリと寄せた。 「先輩・・・待っ・・・」 3人を慌てて追い掛けた。次から次に押し寄せてくる人の波に揉まれ、急に怖くなって立ち止まと、あっという間に見失った。 大丈夫、怖くない。そう何度も自分に言い聞かせ、額の汗を手で拭い、深呼吸しながら、ゆっくりと歩を前に進めた。 立ち眩みがしても、息苦しくても、増井さんから先輩を取り戻す為なら我慢も出来る。一刻も早く彼を探さないと。 「踊り流しの会場はどこですか⁉」 携帯に何度連絡しても全然繋がらなくて、勇気を出して屋台の人に聞いたら、駅前の自由広場だよ、そう教えて貰った。 「そっちじゃなくて、駅の方に向かわないと。あんた、観光客?なら、付いておいで」 逆の方向に向かった僕をお店の人が慌てて追い掛けてきてくれて、途中まで送ってくれた。 香苗さんといい、この町の人は優しい人ばかりで、胸がじんと熱くなった。 「おばちゃん、あとで焼きそばとウィンナー絶対買いに行きます‼」 ぶんぶんと大きく手を振って、夜店に戻る彼女の姿を見送った。 人見知りでも、一歩踏み出せば、違う世界が待ってる。 僕の事が好きだって言ってくれた先輩を信じる。増井さんとはもう何でもない。ただの友達だって言ってくれた彼を・・・。

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