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第4話

「……とりあえず無視かな」  クリニックなどは曇りガラス仕様になっているが、深青の事務所はブラウンの板目調である。そこに、まだ新しい『仁科税理会計事務所』と書かれた、細長い白地のプラスチック板が貼られている。  つまり、入り口から中に深青がいるかどうかは分からないのだ。  深青は再び入力を開始する。次項に頭の痛いスマホの使用料が出てきて、眉間に寄ってしまったしわを、人差し指の背でぐりぐりと揉んだ。後頭部がズキズキと痛むのは、きっと疲れ目のせいだろう。  そこにもう一度、入り口をノックする音が響いた。今晩はこれ以上パソコンを見ていたくなくて、深青は画面を保存してシャットアウトする。  これから帰宅するにしても、玄関にいる誰かとは鉢合わせしなくてはならない。画面が完全に落ちる前に、深青は扉の方へと向かった。開業時間内ではないため、鍵を掛けているのだ。  扉を押し開けると同時に、深青は口を開く。 「すみません、開業時間に出直してもら……」 「……久しぶり、仁科」 「水澤……」  そう言ったきり、深青は押し黙ってしまう。何を話せばいいのか分からないというのもある。  今更、というわけではない。初めから、深青と水(みず)澤(さわ)隆(たか)春(はる)の間には、何もなかったからだ。もし何かあったとするならば、隆春からの一方的な敵視だけである。  大学を卒業して以来、隆春と会うのは初めてだ。隆春の就職先も知らなければ、深青の就職先も教えていない。それに、ここに事務所を開いた連絡もしていない。 なんとか追い返したくとも、追い返す口実すら見つからないくらいだ。  会計学を専攻していた深青と違い、隆春は同じ商学部でも経営学を専攻していた。とはいえ、マンモス校ではない国立大学の同じ学部で、派手に遊び回っている隆春の様子は、噂嫌いの深青の耳にすら入ってきていた。聞いた話では、父親が中堅商社の経営陣に加わっているという。

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