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第6話
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「ごめん、今時間、取れないか?」
吊しではない仕立てのよいスーツに、ダークブルーのレジメンタルのタイ。磨かれた黒の革靴はきっと外国製だろう。
深青のように、吊しのスーツに着られるばかりでもない。仕立てならばかなりカバーがきくのだろうが、それでも、ここまで見事に着こなされると、むかつくを通り越して見(み)惚(と)れてしまいそうになる。
対して深青は、一旦介護に帰ったものだから、綿シャツにチノパンという格好だ。それに、夜更けに自転車で帰ることを考えての、モスグリーンの薄手カーディガンを羽織った出で立ちである。
十一時近いという時刻も良くない。このあたりは商業区域というわけではなく、通常の家屋も建ち並んでいる。二階という立地もあり、ここで口論をすれば近隣の迷惑は必須だろう。
隆春の格好を一瞥して、深青はとりあえず借金の申し込みではなさそうだな、と判断した。
どういうツテを辿って深青のところまで来たにせよ、事務所を知られているからには今のアパートまで来られかねない。アパートだけならともかくも、実家にまで行かれるのは困る。それだけは絶対に困るのだ。
「……どうぞ、入って」
「申し訳ない」
あいにくと今日は金曜日だ。
隆春が狙って週末に来たとは考えにくいが、この時間に敢えてここを訪ねてきたからには、何かあるに違いない。深青が必ず捕まる時間帯に訪ねてきたと考えるのが自然だろう。
とすると、ここを訪ねてきたのも初めてではないと考えるのが妥当だ。
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