7 / 10

第7話

「ごめん、コーヒー落としちゃったから」  入ってすぐの応接セットへと隆春を勧める。コーヒーを落としてしまったのは本当だけれど、何も出さないのも何かと思って、オフィス奥の冷蔵庫からペットボトルの緑茶を出した。  卒業してから何度か、同窓生と飲みに行ったことがある。そのとき、隆春の仕事は土日もないような様子だと少しだけ噂に上った。  一時ほどの勢いはないものの、隆春の就職先は親の系列の商社らしかった。そこは、レアメタルなどの専門分野に強いことで有名だ。メーカーがこぞって調達部門に力を入れ、直接買い付けをするようになってきた今でも、そもそものルートを持っているかいないかでは大きな差が生まれる。  スーツ姿ということは、仕事帰りにそのままここまで来たのだろうか。隆春の勤務地がどこなのかは知らないけれど、学生時代は二十三区内にある自宅から大学へ通っていたような気がする。  深青がこの事務所に戻ってきたのが九時頃で、駅前にあるチェーン店のカフェの閉店は十一時。仕事帰りにここまで来たものの、深青が留守だったからカフェで時間を潰し、ダメ元でもう一度訪ねてきたというところか。  それにしても、深青との話が長引けば、帰りにタクシーを使わざるを得ないだろう。そうまでしても、改めて出直すことは考えなかったのだろうか。  不信感というよりは、疑問ばかりが深青の中に重なっていく。 「どうぞ座って」  ソファの脇で立ち尽くしている隆春に、深青はそう促した。お掛け下さいなどと言うほどの関係ではない。  まさか深青の事務所に依頼に来たわけでもあるまい。客でもないただの同窓生に、儀礼以上の何かを求められても困る。

ともだちにシェアしよう!