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歌声 1

 歌声はバスのパートのオペラ歌手のような、低くよく通る声だ。  しかし威厳があるという感じではなく、優しく包み込むような雰囲気を持っている。  そしてその声が奏でる歌は、重厚なクラッシックなどではなく、幼稚園の子どもが歌うような、あの『チューリップ』の歌だった。  ……テディだ!  実際にはテディの声を聞いたことはないけれど、あれは絶対にテディの声だと俺は確信する。  歌っているのが俺がテディの前で一度だけ歌ったチューリップの歌だということもあるけれども、声がテディの体格と性格に見合った低く優しい声であること、そして何よりも俺が危機に陥っている今この場所で聞こえてきたのだから、あれは絶対にテディだ。 「なんだ、あの歌は。  あれは日本語……お前か! お前があいつに教えたのか!」  目の前に座っていた男が急に立ち上がって俺につかみかかろうとしたので、俺もイスを倒して後ろに飛び退くようにして立ち上がる。  その間にも短い歌を何度も繰り返している歌声は、どんどんこちらに近づいてくる。  そして歌声がドアの外まで来たかと思うと、ドアノブが赤いチューリップの花に変わった。  その下の鍵穴からも小さなチューリップの花びらがポロポロとこぼれ落ちたかと思うと、自然にドアが開く。 「テディ!」  待ち焦がれたその姿を目にして、喜びの声をあげた俺の目の端に、魔術師の男が口を開きかけているのが目に入る。  こいつに歌わせちゃだめだ!  そう思った俺は、男に飛びかかって両手で必死にその口をふさいだ。  たいして力もない俺の手は、すぐに男に振りほどかれてしまったけれど、それでもどうにか歌による魔法が発動するのは防ぐことができたらしい。  男は舌打ちして再び歌い出そうとしたが、その唇からこぼれ出たのは、歌声ではなくチューリップの花びらだった。  歌詞に出てくる3色だけでなく、オレンジやピンクや紫といった色とりどりの花びらを吐き出しながら目を白黒させている男の足元から、大きな黄色い花びらが生えてきたかと思うと、みるみるうちに男の全身をすっぽりと覆ってしまう。  男は大きなチューリップの花の中で暴れているが、チューリップから出ることはできないようだ。  テディがチューリップの歌を歌いながら、俺と目を合わせてしっかりうなずくと、俺に向かって手を差し出した。  俺を助けに来てくれたテディに抱きついてキスしたいような気持ちだったし、テディに聞きたいこともいっぱいあったけれど、今はとにかく逃げることが先決だとわかっていたので、俺は「うん」とうなずいてテディの手を握る。  テディとともに部屋を出ると、廊下にはさっき男を閉じ込めたような人間サイズのチューリップの花が幾つもあって、中で人が暴れていた。  その中を、チューリップの歌を歌い続けているテディに手を引かれて歩き、やがて大きな窓の側にたどり着く。

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