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第二話『 はじめまして 』 上

 瑞季(みずき)はその日、結局他の色に染めずにそのままにしてしまった赤髪を気にしながら、その日から通う事となる高校へと向かっていた。  その高校には寮生として入学する事になっていた彼だったが、自宅からの距離的にも当日登校で問題ないという事から、実際に寮に入るのはその入学式の日からとしていたのだった。  そんな事もあり、入学までに日数的に余裕があった瑞季は、実姉のとある諸事情によりすっかり真っ赤に染め上げられてしまったその髪を、式当日までに目立ち過ぎない色に変えようと思っていたのだった。  だが結局、そんな姉の ――えっ、かっこいいのに、赤髪やめちゃうの……?  という寂しそうな一言に負けて、彼はそのまま入学式を迎える事になったのであった。 (ま、いっか……校則違反ってわけでもないし、意外と髪色派手なヤツも多いし……)  瑞季は教室に入り、事前に割り当てられた自分の席に着くなり、教室内を見回してはそんな事を思った。  彼が入学した男子校、白狐(びゃっこ)学園は、その自由な校風が有名な高校であった。そんな自由な校風とはどんなものかといえば、まず制服だ。白狐学園は制服はあるものの、ブレザーやネクタイの着用は生徒の自由となっており、指定のワイシャツとズボンさえ身に着けていればそれでよしとされている。更に、髪色や装飾品などについても、基本的には自由となっているのだ。  その為、入学式当日だというのに新入生が集うその教室内は、見目の派手な生徒たちが多かった。  ただ、そんな風変りな高校でありながら、白狐学園は偏差値がそこそこに高いゆえか評判は良く、悪い噂もあまり聞かない高校であった。そんな事から瑞季も、この白狐学園に入る事に対し、さして大きな不安などはなかった。  しかし一点だけ、顔面偏差値が高いという事でも有名な高校であるだけに、瑞季はそこがやや気の重い所であった。  ただどうしてもこの高校の水泳部の評判や、水泳部に与えられた活動環境に惹かれてしまい、瑞季はその後者の評判を見ないようにして、白狐学園を受験したのであった。  そんな瑞季は、なんとなく誰かに話しかけるべきかと思いつつも、教室の一番後ろの窓際の席から、何気なく外を眺めていた。  すると、ふいに瑞季の背後から声がかかった。 「おはよう」  その声にはっとなり瑞季が背後を振り返ると、そこには真っ白な髪の男子生徒が立っていた。  そんな彼は、瑞季と目が合うと首を傾げながらにこりと笑った。  瑞季はその笑顔を見て、少しだけ鼓動が早まるのを感じたのだった。 ― 虹色月見草-円環依存型ARC-ツキクサイロ篇-Ⅰ❖第二話『はじめまして』 ―  目の前に立つ同級生の笑顔に気を取られながらも、瑞季(みずき)はなんとか彼に挨拶を返した。 「お、おはよ」  すると彼はその愛らしい笑顔を向けたまま、また挨拶を返した。 「うん、おはよ」  そして自らのカバンを机の上に置くなり、彼は軽やかな動作で瑞季の隣の席に座った。  瑞季はそんな彼の顔をどこかで見た事があるような気がしていたが、どうにもすぐに思い出すことが出来なかった。  そんな瑞季が自らの記憶の引き出しを漁っていると、彼は言った。 「改めてはじめまして、君が夜桜(よざくら)君?」  そんな彼は、声変わりはしているらしかったが、それにしてはやや高めの声でそう尋ねてきた。そしてまた首を傾げながら微笑む。恐らくこれは彼の癖なのだろう。  瑞季はそんな彼の仕草にいちいちどきりとしながら、彼の問いに答える。 「あ、うん。そう。えっと、そっちは天羽(あもう)、さん?」  瑞季は、初対面の人間と対峙しても大して緊張しないタイプだった。  だが、どうにも今回は鼓動の様子がおかしい。彼が美人だからだろうか。  すると、そんな瑞季の心境を悟ってか、彼は少しおかしそうに笑いながら答えた。 「ふふ、そう。俺は天羽美鶴(みつる)。夜桜君、確か俺と寮室一緒だったよね。これからよろしくね」 「あ、あぁ。うん。俺は夜桜瑞季。こちらこそよろしく」  瑞季は、美鶴の言葉になんとかそれだけ返しながらも、人はこんなにも綺麗に笑顔を作れるものなのか、と少し驚いていた。  美鶴はその色白な肌や顔立ちもあってか、やや中性的な雰囲気をもっていた。そこに声色も相まって、余計にその中性さを際立たせているようだった。  瑞季はそんな美鶴に度々目を奪われながらも、それから少しの間、彼との会話を楽しんだのであった。  満開に咲き誇る桜たち。そんな彼らに祝福されるように入学式を迎えた瑞季(みずき)美鶴(みつる)は、その日からルームメイトとして学園生活を共にする事となった。  だがそんな中、瑞季は早速小さな不安を感じていた。  その不安は、美鶴の外見が随分と良いものであるという事からきていた。  実は瑞季の経験上、外見の整ったイケメンやら美人やらという人間は、どうにもプライドが高いというイメージがあったのだ。それゆえにこの美鶴も、はじめはこうして優しげにしてくれているが、もしかすると実際はかなりプライドが高い性格なのではないか、と瑞季は考え始めてしまったのだった。  そして、もしそうであればまず、彼への発言には十分に注意しなくてはならない。  これからほぼ毎日のように顔を合わせ、朝から晩までの生活を共にする相手だ。もしそんな相手と不仲な関係になってしまえば、少なくとも一年間は悲惨な日々を過ごす事になる。そんな事になったらたまったものではない。  瑞季はそんな考えからやや気を引き締め、美鶴との寮生活をスタートさせたのだが、――そんな不安はその日の晩にほとんど解消されたのであった。 (これが……ギャップか……)  二人の寮生活がスタートして早々の晩。  美鶴が風呂上りから眼鏡を着用していた事にも驚いたのだが、それ以上に瑞季は今、彼の動物好きが人一倍のものであるという事を知り、"ギャップ"というものがどういうものをかを痛感していた。 「可愛い……すっごい可愛い……」  美鶴はそう言いながら、恍惚とした様子で瑞季のスマートフォンを眺めている。  そうしてその瞳をひたすらに輝かせている美鶴は、たびたびベッドに座ったままぴょんぴょんと体を跳ねさせ、感激を意を体現している。実のところ、瑞季はその身軽さにもやや驚いていた。  そして今、そんな美鶴が見ているのは、瑞季の実家に居る愛犬の写真だ。たまたま瑞季が愛犬の話を出したところ、それに大いに食いついた美鶴の反応を受け、なんとなく写真を見せたのがこの事の始まりであった。  教室で初対面らしい会話を交わしていた時や、お互いに荷解きをしている時の美鶴は随分と大人びてみえた。そして常に落ち着いたその様子から、美鶴はしとやかで物静かな性格なのかもしれない、と瑞季は考えていた。  だが、少しずつ時間が経つにつれ、美鶴はどちらかといえば茶目っ気のある人懐こい性格らしいという事が分かっていった。そしてその末でもう一つ分かったのは、彼がかなりの動物好きであるという事だった。 「写真いっぱい見せてくれてありがとう! 本当に可愛いね」 「や、喜んでもらえてよかった。なんつーか、マジで動物好きなんだな」 「あはは、うん。そうなんだよね」  手放しにはしゃいでしまったからか、美鶴は少し照れくさそうにそう言った。  そんな美鶴を見て、瑞季はふと彼の耳に目をやった。  美鶴は両耳にピアスをつけていた。それも一つや二つではない。だが、今はその一部のピアスが外されているようだった。  瑞季が美鶴にその事を訊いてみると、寝る時にひっかかりやすいものだけは風呂に入る際に外すのだと言う。  そういうものなのか、と思いながら、瑞季はついでにもう一つ気になっていた事を美鶴に尋ねてみた。 「あ、あのさ。じゃあその目は? 俺、ずっとその目ってカラコンなんかなって思ってたんだけど、違うの?」 「あぁ、これ? うん。これはカラコンとかじゃなくて、元々なんだ。――って言っても、ちょっと信じて貰えないかもしれないけど」  そう言って美鶴は苦笑する。そんな美鶴の目は、普通の人間のそれとは形状が異なっていた。  美鶴の目はその瞳自体が小さく、やや縦に長かった。そして、瞳孔の部分も獣のように細く、縦に長いのだ。また左右の目も独特の色をしており、右は濃いピンク、左は緑色というオッドアイになっていた。  瑞季ははじめ、それをカラーコンタクトによるものだと思っていた。だが、こうして風呂上りに度の入った眼鏡をかけている事から、どうやら違うらしい。そんな事から不思議に思った瑞季は、事のついでに尋ねてみたというわけだったのだが、やはりその瞳は自前のものだったようだ。 「いや、美鶴が言うなら信じるよ。そんなとこで嘘つく理由もないしな」 「ほんと? 良かった。ありがとう」 「うん。あ、でも、今眼鏡してるって事は、コンタクトはしてたって事?」 「そうそう。俺めっちゃ近眼だし乱視も入ってるから、コンタクトとか眼鏡してないと何も見えないんだよね」 「えっ、そこまで?」 「うん。眼鏡してないとスマホも見えないもん。えっとね~、ここ! ここならなんとか文字が見えるくらい」  美鶴は眼鏡を外し、顔から少しだけ離した位置にスマートフォンを置いてそう言った。 「えぇっやばくね」 「そう、やばいんだよねぇ~」  そんな距離を見ていたら、スマートフォンの光で目が痛くなってしまう。瑞季はその様子から、視力が落ちる事の恐ろしさをも痛感したのであった。 「あ、じゃあさ、その髪は? それは染めてんの?」  視力はともかくも、そんな不思議な目をもっているなら、もしかしたらこの真っ白な髪も自前のものかもしれない。  そう思った瑞季は、少しわくわくしながら美鶴に訊いた。  すると、美鶴はまた苦笑しながら考えるようにする。 「え? あ、えっと……」 「……もしかして、やっぱそれも地毛?」 「…………」  答えるのに戸惑いがある様子の美鶴だったが、瑞季の言葉を受け、少し間を置いてからぎこちなく頷いた。 「マジか……すげぇ……」 「あはは、こっちのメッシュは染めてるんだけどね」  美鶴はそう言って、右目を隠すように垂らしている前髪を弄る。そちらの髪は、スカイブルーに近い色で一部が染められていた。 「へぇ、そっちのメッシュは染めてんだな。でも、メッシュも白い方もすっげぇ綺麗だからさ、もしかしてって思ったんだ」 「そ、そうだったんだ? ふふ、ありがと。そう言って貰えるとなんだか嬉しい」  そう言ってはにかむようにして笑んだ美鶴に、瑞季はまたどきりとする。  瑞季はそんな自分の反応を受け、自分はこの美鶴の笑顔が好きなのかもしれないと思った。美鶴が零す、その様々な笑顔を見ていると、瑞季は無性に嬉しい気持ちになるのだ。  瑞季はその時、それを不思議に思った。  だが、なぜだかは答えが出なかった為、特に悪い事ではないしと結局は深く考えないことにしたのだった。

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