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第十四話『 瞳 』 下

     そしてそれに続き、美鶴はそんな瑞季の正面を位置取り、ぺたりと床に座った。 「もんちゃん、あの、何もしなくていいんだけど、逆に無理はしないでね。嫌だと思ったり、痛かったりしたら言って?」 「だ、大丈夫だって」  これまでにないような位置から自分を見上げてそう言った美鶴に、瑞季は制するように言葉を返した。  瑞季は美鶴にこれから何をされるのかという事だけでも羞恥心が高まっていたのだが、その上でまるで初夜を迎える彼女に言う為にあるような台詞を言われ、情けない気持ちすら芽生えてきていたのだった。  それゆえに制するようにそう言った瑞季は、これ以上情けない事にならないよう、ひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着けるように努めた。  そしてそこで、ひとつ気付いた事を尋ねた。 「あ、あのさ、それ……足痛いんじゃないか……?」 「え? あぁ、ううん。全然大丈夫だよ。ありがと」  瑞季の心配に、美鶴はいつも通りの笑顔を作りそう言った。  だが、その笑顔すら、今の瑞季には全くの別物に見えた。  気持ちを落ち着かせようと努力してはいるものの、こんな状況では無理に等しいものだった。 「ベルト、外していい?」  そんな中、瑞季は美鶴の言葉にはっとする。 「い、いやそれは自分でやるよ」  ここまできて、そこまでされるとなれば情けないどころの話ではない。  瑞季はそう思いながらも、慌てて美鶴を制し、自らのベルトに手をかける。  瑞季は今、羞恥心と戦いながらも緊張している。だが、それと同時に酷く興奮し始めている事も自覚していた。  そんな昂ぶる数々の感情のせいで、呼吸どころか手まで震えそうになる。  だが、ここでそれを悟られたくないと思い、瑞季は震えそうになる手をなんとか落ち着かせながらベルトを外し、次にホックに手をかける。  そんな中、何となく気を紛らわせる為に、瑞季は美鶴に話しかけた。 「あのさ……俺の心配より、美鶴はどうなんだ? 本当にイヤじゃないのか? 美鶴の方こそ無理とか――」  瑞季がそこまで言うと、美鶴は少し嬉しそうに微笑み言った。 「ふふ、もんちゃん優しいね。ありがと。でも大丈夫。全然ヤじゃないよ――っていうか……」 「“っていうか”?」  無事にホックまで外し終えた瑞季は、なんとなく既に張っているそこを晒すのが恥ずかしく感じられ、さりげなく手で隠すようにしながら問い返した。  ただ、そんな美鶴は少し伏せ目がちに床に視線を落していた。  そして、少し間を置いてから、瑞季の問いに答えた。 「俺……フェラするの……その……好きな方だから……」 「えぇ!?」 「………………」  美鶴は瑞季の驚きの声を聞き、少しずきりとしたものを感じた。  顔は見る事が出来なかった。すぐに見るのが怖かったからだ。  実は、美鶴がその告白をしたのは、落胆や嫌悪を誘う為だった。  美鶴は、自分自身を綺麗な人間だと思った事はない。だからこそ、先ほどから瑞季の純粋さに触れる度、やはり瑞季は、自分の事を好きでいるべき人間ではないと思ったのだ。  だからこそ、そういったふしだらな部分を見せるような事を告白したら、少しは幻滅するかもしれない。  美鶴にとって、それはもちろん辛い。だが、瑞季が大切な存在だからこそ、自分からは離れた方が良いと思ったのだ。  そんな美鶴が、瑞季からどんな言葉を返されるだろうかと不安になっていたところ、長い沈黙の後、やっと瑞季が言葉を発した。 「美鶴……」 「うん?」 ――やっぱやめよう。  そう言われると覚悟して、瑞季の顔を見上げた美鶴は困惑した。  瑞季は両肘を膝に着くようにしては両手で目元を抑えていた。そんな彼の耳はといえばやはり赤い。  そして、そんな瑞季は小さく言った。 「美鶴……俺、マジで何も考えられんから今……もう勘弁してくれ……」 「……は……はい……」  そんな瑞季の様子に呆気にとられた美鶴は、ただただそう返事をする以外になかった。  先ほどの美鶴の告白は、瑞季の幻滅を誘う為のものだった。  だが瑞季にとって、そんな美鶴の行動は全くの逆効果だった。  どちらかといえば、それはただの興奮剤にしかなり得なかったのだ。  純粋過ぎるほど純粋で、一途すぎるほど一途な瑞季少年は、たとえ想い人がどれほど淫らな性癖を持っていたとしても、そのふしだらな部分を嫌悪するどころか、妄想が猛々しくなるだけであった。  そんな瑞季の様子を受け、このままでは自分まで再び翻弄され身動きが取れなくなってしまうと思った美鶴は、とりあえず事を進める選択肢を選んだ。 「ご、ごめん……えっと、触ってもいい?」 「……っす」  もはや脳がショートして使い物にならないのか、妙な返事で許諾した瑞季は、なるべく美鶴や己の下半身を視界に入れないよう、中空に視線をやった。  今美鶴を見てしまえば、恐らく様々な感情に耐え切れなくなると思ったからだ。  だが、例え視界外の出来事であろうとも、耳は音を感知し、肌は感触や体温を感知する。  それゆえに、そんなものは虚しい抵抗でしかなかった。  その間、既に両脚の内側は美鶴の両肩に触れていた。そして更に、先ほど布地の上から撫でられていたそれは今、直に美鶴の手に触れている。  美鶴がそうして緩く刺激するたびに、瑞季の興奮は形を成してゆく。  美鶴がそうするまでの間、瑞季は小さく小さく深呼吸をするような仕草を見せていた。  美鶴はそれに対し、下手な反応を示さないようにしているのだろうと思い、その様子にまた興奮していた。美鶴はその彼の純粋さに心を刺激されるのだった。  可愛らしいなどと言えば、きっと瑞季は気を害するかもしれないと思い我慢していたが、瑞季のその反応は美鶴には愛らしく思えるものだった。  そんな美鶴は、自分の口から下手な言葉が出ない内に蓋をしてしまおうと思い、馴らすようにやんわりと側面に舌を這わせた後、食むようにし、更に先端を舌で馴らし、ゆっくりと口に含んだ。  瑞季にとってそれは、これまでに感じたことがない刺激だった。  舌でなぞり上げられている間すら息がつまりそうだったというのに、全てを酷く熱いその中で包まれた瞬間は呼吸を忘れるほどだった。  人間の口はそこまで奥行きなどあっただろうか。  美鶴が根元まで自分のそれを呑み込んでいると感じる時、先の方はどこかに擦れるように感じる。  そんなところまで入れて苦しくはないのか。  瑞季はそれが溶け落ちてしまうのではないかと思う様な感覚の中、そのような事を思っていた。  だがこれは、瑞季が平常心を保つ為に考えていた事に過ぎない。  すでに己の脳は欲情と興奮に呑まれている。  少し開いている窓から入り込む夜風が、火照った体に心地よい。  そして、そんな瑞季が見せる初々しい反応を楽しみながら、美鶴は丁寧に瑞季のそれを刺激していた。  するとひとつゆっくりと息を吐いた瑞季が、静かに美鶴の名を呼んだ。 「美鶴……」  美鶴はその声にどきりとした。  その瑞季の声は、これまで聞いた事のないような声だった。  優しげな声色ではあるが、身体の芯に響くような、低く熱のこもった声。  考えてみれば、美鶴は瑞季とキスすらした事がない。それゆえに、これまではこのような雰囲気になる事もなかったし、瑞季がこのような声色で美鶴の名を呼ぶ事などなかったのだ。  そんな彼は先ほどまで酷く初々しい反応を見せていただけに、美鶴はそのギャップに余計に驚いた。 「ん……?」  そんな美鶴は、やんわりと舌で刺激していたそれを解放してやり、代わりにゆるく手で扱いてやりながら瑞季を見上げた。   美鶴はその時、一つ覚悟をして顔を上げた。だが、やはり心臓は正直者で、ひとつ大きく脈打つなり、呼吸をしにくくした。  美鶴の目に映った瑞季の表情は酷く熱を含んでいて、先ほどまで緊張や羞恥心で頬を赤らめていた人物とは思えぬ表情をしていた。その瞳は欲情を宿し、興奮に呑まれているのがわかる。  ずっとこちらを見ないようにしているものだと思っていたが、いつからこうして見つめられていたのだろうか。  ただ、その瞳は興奮にかられながらも、彼本来の優しげな色は失う事はないようだった。  美鶴はその双眸に捕えられながら、瑞季の言葉を聞いた。 「髪とか、触ってていいか……」  相変わらず体に入り込んでくるような声色で、瑞季は美鶴にそう尋ねた。  美鶴はそれだけで腰の支えを失いそうになるも、短く頷いた。 「うん……」  そんな美鶴の返事を受けた瑞季は柔らかく笑んだ。  そして、ゆっくりと美鶴の髪に手をやり、やんわりと撫で始める。酷く優しい手つきで、その真っ白な髪を梳いては撫でを繰り返し、愛おしそうにする。  美鶴はその手の心地よさに身を委ねながら、再びそれを熱で包む。 「………………」  美鶴はそうして瑞季のそれを刺激する中で、瑞季の手の心地よさが次第に刺激となり、小さく声が漏れそうになる。  だが、瑞季は男の啼く声など聞いた事はないはずだと判じた美鶴は、必死でその声を耐えた。  そんな中、瑞季は徐々に美鶴の肌にも触れてくるようになった。  髪を撫でながら、瑞季の手は美鶴の耳やその裏側をなぞるように優しく撫でさする。  彼にとっては愛撫というより、愛おしさから撫でているというだけなのだろうが、美鶴にとってはそれが大きな刺激になりかけていた。  そして、それから少しの間耐え続けたが、これ以上はまずいと思い始めていた頃、瑞季の体にも徐々に力がこもるようになった。  それを察した美鶴が、そろそろと思い、刺激を一定にしようとしたところで声がかけられた。 「美鶴……わり、もういいよ」 「ん?」  どういう事だろうかと思い、瑞季のそれを口に含んだまま疑問の意を越えにすると、瑞季は少し息を詰まらせるようにして言った。 「出そうだから、口離し――」 「ン、いいよ、このまま出して」 「え、いや、駄目だって……マジで……っ」  恐らく瑞季の力であれば、美鶴を無理やり引きはがす事はできるだろう。  だが、瑞季は美鶴に強い力をかける事はしたくなかった。  それゆえにやんわりとした抵抗しかできないのだが、美鶴は身を離さなかった。 「……っ」  そして、我慢の限界を越えていたらし瑞季は、前傾姿勢で美鶴の頭をやんわりと抱え込むような形で、己を美鶴の喉奥まで呑ませたまま達する事となった。  そして瑞季は身体を小さく痙攣させるようにした後、これまでにない快感だったのか、やや息を荒げるようにして呼吸を繰り返した。  美鶴は、達する際に瑞季が腰を引かないようにと彼の腰に腕を回していた為、瑞季の呼吸音を頭の後ろから聞くような形になっていた。  その状況や瑞季の呼吸音にやや興奮を覚えながら、美鶴はゆっくりとそれを解放してやる。  すると、その感覚ではっと何かに気付いたらしい瑞季は、その身をがばりと起こすなり、美鶴の頬を挟むようにして両手を添え、上を向かせた。 「ちょ、美鶴お前っ」 「えっ……?」  瑞季が何をそんなに焦っているのか分からず、美鶴は不思議そうな表情で瑞季と視線を交わす。 「お、お前……」 「な……なに?」 「まさか飲んだ……今……」 「う、うん……」 「はぁー……」  瑞季は、美鶴の答えを聞くなり一つ大きなため息を吐いた。  そんな反応を見て美鶴は慌てるようにして謝罪した。 「ご、ごめん……ヤだった?」  すると、満足しきった様子のそれを仕舞い込みながら瑞季は言った。 「いや、“ヤだった?” はこっちのセリフ! そんなもん無理に飲まなくていいんだぞ……」 「えと……無理、じゃないよ……?」 「……イヤだろって」 「ヤでも……ない……もんちゃんだし……」 「……そう言われると、困るな」 「え?」  少し不満げに自分の気持ちを伝える美鶴に苦笑するようにした瑞季は、美鶴の髪を優しく撫でた。  そして瑞季は、その後少し考えるようにして言った。 「なぁ美鶴……あのさ」 「うん?」  瑞季の手で撫でられる心地よさに再び身を投じていた美鶴は、その心地よさにまどろんだ様子で問い返した。  すると瑞季は、美鶴の心を伺うように言った。 「もし……美鶴がイヤじゃなかったら……その……やっぱ、したいなって思って」  美鶴はそんな瑞季の言葉を受け、少し驚いたようにした。  それに対し、瑞季は小さく弁明を述べる。 「いや、出す手前でやめてもらって、場所移動してから出して来ればそんな気分もなくなるかなって思ったんだけど……」 「……もしかして、イくの我慢してた理由ってそれ?」 「まぁ、それもあったかな……」 「それも?」 「……もう一個は、訊かないでくれ」 「………………」  瑞季はそこまで言うとすっと照れたように顔を背けた。  そこで美鶴は大体の事を悟り、悪戯心から瑞季に問うた。 「……ねぇもんちゃん、気持ちよかった?」 「!! だ、それは……」 「ん?」 「……う……よ、良かった、です……」  美鶴はその瑞季の返答を受け満足げに笑む。  実のところ、瑞季のもう一つの理由とは“もう少し長くその気持ちよさを堪能していたかった”という事だった。  その為に、瑞季は達しそうになったところを何度も耐えていたというわけであった。  そして、それをも察知してしまった美鶴は、瑞季にそれほどまでに堪能してもらえたのだという事を嬉しく思っていた。  また、そんな瑞季は、その先にあるものも望んでいるようだったが、美鶴はとある点が気になり瑞季に一つ問う事にした。 「ふふ、喜んでもらえて何よりです。――でも、もんちゃん、今イったばっかなのに、またするって大丈夫なの? それとも、別の日ってこと?」  先ほど、一度達した瑞季のそれは大変満足げな様子であった。その為、当分は大人しいままであろうと思い、美鶴はそれを尋ねるに至ったのだが……当の瑞季はといえば、 「え? すぐにって、できるだろ、普通」  と、不思議そうな表情で言った。  そして美鶴はその返答を受け、ひとつの予感を抱きながら言った。 「………………勃つの」 「そら、勃つだろ」  勃たないことなどあるわけがないだろう、とでも言いたげな瑞季の表情に美鶴はとある可能性を見出し始めた。 「わかった……じゃあ、しよっか」  そしてその可能性を秘めた未だ純粋過ぎる瑞季に、美鶴は新たな興奮を覚えつつ笑顔でそう言った。  そして、自分のその純粋さが美鶴の興奮をかきたてているという事など知らない瑞季は、また新しい階段を上る為、足を一歩踏み出したのであった。  そんな彼らの夜は、まだ終わらない。

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