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第十五話『 一生で一度の 』 上

       アブノーマルな関係。  アブノーマルな順序。  アブノーマルな初体験。  瑞季(みずき)は、美鶴(みつる)に出会ってから“普通”と言われるものとは少しずれた体験を多くしてきた。  もしかしたらそれは普通なら非難されるべき事なのかもしれない。  否定され、おかしいと正される事なのかもしれない。  でも、それでもそこに自分の最愛の人と、自分の幸せがある限り、それが自分の最善のものである事に変わりはない。  世間的、あるいは一般的にノーマルである事も、アブノーマルである事も、人生の中でどちらを選ぶかはその人間次第だ。  それに、どちらを選んだからといって、必ずこうなるという法則があるわけでもない。  それなら、と瑞季は思う。    ――自分が幸せだと思う方を、後悔しないと思う方を選んだほうがいいに決まってる     ― 虹色月見草-円環依存型ARC-ツキクサイロ篇-Ⅰ❖第十五話『一生で一度の』 ―      身動きをするたびにキシリと軋むその音に、瑞季(みずき)はいちいちと緊張感が増してゆくのを感じていた。  自分のベッドが軋む音は、こんなにも聴覚を刺激するものだっただろうか。  瑞季はそんな事を思いながら、すっかり灯りを忘れた室内で、正面に座っている美鶴(みつる)の手元に目をやる。  美鶴は、瑞季のベッドに横座りするように腰かけており、その様子からよりその色香のようなものを際立たせている。そしてそれは、瑞季の様々な感情を更に刺激する。  そんな瑞季は恐らく、その美鶴の姿を眺めているだけでも当分は時間を潰せるだろう。  だがそれではせっかくの機会を逃してしまう。  そう思った瑞季は、ふと気になった美鶴に尋ねる。 「――なぁ美鶴、俺は嬉しいけど……美鶴はイヤだったりしないか? 俺、勢いで言っちゃったし、無理させるつもりはないんだけど」  すると、そんな瑞季の言葉を受け、美鶴は穏やかに笑んだ。 「ふふ、ヤじゃないよ。心配性なんだから」 「まぁほら、一応、な。それに――」  瑞季はそう言い、自分の首筋を擦るようにして言った。 「――俺、マジで初めてだから……気持ちよくしてやれるかわかんないし……」  美鶴はそこで、そんなこと気にしないよ、と言おうとしてはたと気づいた。  美鶴は、すっかり瑞季が童貞である事を忘れていたのだった。  そして、その事を改めて思い出す事となった美鶴は心配するように瑞季に言った。  「そ、そうだよ。すっかり忘れてた。もんちゃん初めてじゃん。別に俺は相手が初めてとかは気にしないからいいんだけど、もんちゃんこそいいの? 初めてが俺で」  すると、そんな美鶴の言葉に瑞季は不思議そうな顔をして言った。 「え? 逆になんで美鶴だとダメになんだ? 美鶴が初めての人間はイヤだって言うならわかるけど、その、挿れる側がイヤとか……あるのか?」 「ま、まぁ、処女を抱くのは面倒って人はいるけど……俺が言ってるのはそうじゃなくて、初めてする相手が俺でいいの? ってこと。なんていうか、そういうのって相手大事だったりするでしょ?」  実の所、美鶴自身はあまりそういった事は気にしないのだが、過去の恋人であった女性陣はそこを重要視していたし、男友達の中でも、そういった事を重要視する面々はそこそこにいた。  また話を聞く限りでは、それは男同士であろうが、タチネコ関係なくそのような考えをもっている人々はいるようだった。  それゆえに、美鶴は瑞季にもちゃんとそれを訊いておきたかったのだ。  なんといっても、今の自分たちの関係はただの友人同士だ。恋人ではない。  他人から見ればお綺麗な行為ではないだろう。  そんな中、瑞季が今後他人に話しづらいような初体験になってしまうのではないか、というのも懸念しての問いかけでもあった。  だが、そんな美鶴の言葉に瑞季は更に不思議そうにして言葉を返した。 「確かに、そういうのは大事だろうけどさ……そしたら逆に、お前以外に誰がいんの?」 「え?」  美鶴は瑞季のその言葉の意図がとれず、首を傾げた。  すると、瑞季は遠慮がちに言葉を続けた。 「いやその……俺は今、お前以上の人が……いないんですけど……」 「………………」  考えてみればそうである。  恋人かどうかはともかくも、初夜を重要視するというのはつまり、好きな人で初めてを経験するというのが大切という事だ。  もしかすると、人によってはそういう意味ではないかもしれないが、美鶴が言ったのはそういう意味で、であった。  つまりは瑞季の場合、“美鶴でなければならない”というのが正解だ。 「……や、えっと……女の子じゃなくていいのかな~ってさ」  そんな美鶴は、その正解に辿り着いてしまった途端に少し気恥ずかしくなり、なんとなく咄嗟の嘘をついた。  すると、そんな美鶴に悪戯っぽい笑みを浮かべた瑞季は言った。 「美鶴、こういう時は嘘が下手になんのな」  そうしてなんとなく嬉しそうにしている瑞季に、美鶴は少し不満げに言った。 「う、もんちゃんに言われたくありません~」  美鶴のそんな珍しい様子を楽しげにからかっていた瑞季は、そんなやりとりにより少し緊張感を和らげる事ができた。  またそのおかげか、瑞季はなんとなく言葉が紡ぎやすくなってきていた。 「ま、だからさ、俺は“そういう意味でも”お前がいいの」  そんな瑞季が微笑みながらそう言うと、美鶴はまた少し照れたようにしながら、 「もんちゃん、こういう時は強気なんだもん……ずるい」  と小さな文句を言った。  すると、瑞季はまた笑い、 「はは、“こういう時”は、いつだってまたとないチャンスだからな」  と言った後、本日はお手柔らかにどうぞ、と微笑んだ。  美鶴はそれに苦笑して、こちらこそ、と言っては瑞季に小さな容器を手渡した。 「えっと、今これしかないから、これ使って?」  そうして美鶴から渡された小さな容器を見るなり、瑞季は不思議そうにした。  「え? ワセリン? ……これって、こういうのにも使っていいもんなのか?」  瑞季としては、いわゆるローションというものを使うのだと思っていたが、美鶴に手渡されたのはシンプルなミニボトルのワセリンだった。 「うん、大丈夫だよ。それは不純物入ってないやつだし――っていうか、ローションなんて持ってると、勝手に部屋漁られた時とか面倒くさい事になるし」  美鶴にそう言われ、なるほど、と瑞季は思った。  ここは確かに美鶴と瑞季のみが生活する部屋だ。だが、それと同時に男子校の寮室であるからして、この部屋に同級生や友人たちを招き入れる可能性は大いにある。  そしてその際に、室内のものを漁られる可能性は大いにある。もちろんそれは悪意や窃盗目的ではなく、単純な好奇心と悪戯心からなるものだ。――とはいえ、それでローションなど見つかってしまえば面倒になるのは考えなくても分かる。  例え自分らの友人とはいえ、やはり同性愛に偏見がないとは限らない。一応のこと、最悪の場合は自慰用などと苦しい嘘をつく事も出来るが、それはそれで面倒な事になりかねないので、やはり知られない事が何よりも良いのだ。  それゆえに美鶴は、この部屋でする事はないにせよ、念の為にと部屋にはそれを置いているとの事だった。 「なんか、色々大変だな」  瑞季がそう言うと、美鶴は苦笑するように言った。 「うん、でも俺がそういうのでぎくしゃくするのヤなだけだから。気にしない人は普通に置いてるみたい。――晃ちゃんなんて部屋にそのまま置いてあるもん」 「え? そのまま!?」  “晃ちゃん”というのは、彼らの一つ上の先輩である晃紀(こうき)の事だ。  美鶴は晃紀の事を、中学の時からそう呼んでいるとのことだった。  そして、そんな晃紀はそのローションを部屋にそのまま置いているらしく、瑞季は思わず聞き返した。 「うん。寮室のね、棚の上に置いてあるの。洒落たボトルだから別にいいだろ、って」  瑞季は、晃紀がそう言っているのを容易に想像することができた。 「はぁ……常々思うけど、先輩すげぇな」 「うん。――でも晃ちゃんのそういうトコ、すごい好きだけど」 「それは分かる気がする」 「あはは」  瑞季は美鶴とそんな会話を交わした後、なんとなく手渡されたボトルに目をやり、また少しだけ緊張し始めた。  ついに、と思うとやはり緊張感が拭えない。  そんな中、瑞季は一つ思った事があり美鶴に尋ねてみる。 「なぁ、美鶴」 「ん?」 「その、キスは……してもいい範囲に入ってるか?」  おずおずと尋ねてみると、美鶴は少し戸惑うようにして答えた。 「えっ、あ~……実は、それこそ、俺としない方がいいだろうって思ってたんだけど……」 「え? キスは初めてじゃないけど?」  瑞季が不思議そうにしてそう言うと、美鶴は少し考えるようにして言った。 「あ、うん、なんていうか……俺的に、セックスとかフェラとかより、キスの方が重い感じするから、大丈夫かなって」 「あぁ、なんか、その気持ちはわからないでもないな。でも、俺はあの約束があっても、許されるならしたい、かな……美鶴がイヤじゃなければ」 「そっか……わかった。俺も、全然ヤじゃないし……えっと、してみる?」  瑞季の言葉を受け、少し安心した様子の美鶴はそう言った。  そしてその言葉を受け思わずどきりとしてしまった瑞季は、ぎこちないながら頷く。  すると、美鶴が瑞季に少しだけ身を寄せるようにして待つような様子を見せたので、瑞季はそれに背を押されるようにして身を寄せる。そして、美鶴が瞳を閉じるのを見るなり、頬に手を添え、そっと唇を合わせた。  少し触れて離した唇に、まだ相手の感触が残っているような中、今度はゆっくりと瞳を開いて視線を重ねる。  二人はこれまでにないほどの距離で相手を認識する。  その瞬間、完全に時間軸から切り離されたような感覚に包まれる。 「美鶴……もっかいしていい……」 「……うん」  美鶴は瑞季の言葉に頷くと、再び瞳を閉じた。  すると、またゆっくりと瑞季に唇をあてがわれる。  美鶴はその時、瑞季の手の大きさを改めて知った。先ほどは髪を撫でられているだけだったが、今は首根のあたりから頭を支えられるような形で触れられている。  その為に、瑞季の手全体の大きさをそこで感じる。  優しく、時に可愛らしい反応を見せる瑞季は、スポーツマンらしくかなり体つきがよい。そして、身長も高い彼とはそういった体格差も感じる中、内面はもちろんだったが、時に美鶴もその外見的な魅力にもどきりとする事があった。  瑞季に抱かれたら、と考えた事も、実のところ一度や二度ではない。  恋する事はできないが、ただそれだけだった。美鶴にとっても、瑞季は十分に魅力的な人物として映っていたのだ。そして今も、より近くで、彼の男らしい部分に自らが興奮しているのを感じていた。  そんな中、静かに触れ合わせた唇を、角度を変えるようにして食んでは探るように舌を絡め、口付けを深められてゆく事で、美鶴の脳はすっかり痺れ始めていた。  こうして欲情を露わにした瑞季に求められるのもまた、美鶴にとっては非常に刺激的であった。  思わず漏れ出そうになる吐息をできるだけ我慢しつつ、解放された唇の余韻を味わう。  そして瑞季はその間、口付け合う中で、ベッドに横たえさせていた美鶴の首筋や首の付け根、鎖骨へと唇を這わせてゆく。  わざとなのか、無意識でなのかはわからないが、少しだけ八重歯が掠められるように食む愛撫が、美鶴にとっては異常なほど刺激的なものだった。  更には大きな手で胸元から身体の側面を優しく撫でるようにされ、意識せずとも腰が浮く。  このままでは本番前に声を我慢しきれなくなってしまう、と思った美鶴はなんとか気分を紛らわす為に瑞季に言った。 「……もんちゃん……ほんとに初めて?」 「お、おう……なんで?」 「ん、上手いなって」  美鶴がそう言うと、瑞季は嬉しそうにして言った。 「マジで? 結構探り探りなんだけど、気持ちいい?」 「うん、いい」  そういって美鶴が微笑むように言うと、瑞季も微笑み言った。 「そっか、安心した」  そして、そっと首筋に口付けた後、瑞季は更に言葉を続けた。 「えと、下も触って大丈夫か?」 「あ、うん、脱ぐね」 「あ、俺やるけど」 「ううん、大丈夫。それより、口寂しい方が問題かな」 「はは、わかった」  瑞季がそう言い、美鶴の要望に応えるように口付ける中、美鶴は手早くズボンを除ける。  その間、それに合わせて瑞季の片手が美鶴の脚を撫でてゆく。  そしてふと身を起こすなり、美鶴の下腹部を見ては言った。 「なんか、安心したのもあるけど、これはちょっと興奮するな」 「ん?」  すると、美鶴が不思議そうにしているので、露わになった美鶴の腹部を撫でるようにしながら、瑞季は言う。 「いや、美鶴がもし、無理に勃たせないといけないくらい頑張ってたら申し訳ないなって思ってたから、普通にこうなってて良かったってのと」 「う、うん」  美鶴はそんな瑞季の言葉で、自分のその部分を見られているのかと思うとなんとなく気恥ずかしく、ぎこちなく相槌をうつ。 「――美鶴がこうなってんの見るのが新鮮」  あまり直視するような部分ではないのだが、瑞季は布地越しに美鶴のそれを少し撫で上げるようにしながら相変わらず眺めている。 「ま、まぁ、普通見せないからね」  そして美鶴がそう言うと、また瑞季は続ける。 「別に、他の奴が勃っててもネタ的にしかならないけどさ」 「うん」 「お前がこうなってると、普通にエロいな……」  美鶴はその先何を言われるのだろうと思っていたので、そう言われた事に少し笑った。 「あはは……でも、それは分かる。俺も、もんちゃんが勃ってるの見ると興奮するし」 「マジか。でもそういうもんなのか。俺が変なのかと思ったから良かったわ」 「あはは、そんなもんだよ。それに……もんちゃんおっきいから余計興奮するっていうか……俺、おっきい方が好きだから」 「………………」  美鶴がそう言うと、瑞季が突然、片手で目元を覆うようにして押し黙ってしまったので、美鶴は慌てるように言った。 「あ、あれ、どうしたの? ごめん、もしかして、これ言われるのヤだった」  確かに、人によってはモノが立派過ぎる事がコンプレックスになっているという場合もある。  もしかしたら瑞季もそうだったのだろうか。  そう思い、美鶴は慌てたのだが、瑞季は否という意図ともに言葉を続けた。    

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