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秋
秋。
視界の端に赤いものが見えて視線をそちらへ向けた。思わず声が出そうになったのを、自分の手で押さえて留める。今がホームルーム中だということを思い出した。
木々が赤く染まっている。週末の間に染まったのか、あるいはもう少し前から染まっていたのに気づいていなかっただけか。
入学式の日には綺麗にピンクを見せていたその木々が今は燃えるような赤で染まっている。
今ならこの場所がどこかちゃんとわかる。
入学式の日に場所もわからないまま桜につられて外へ出たときのことを思い出す。結局教室から見えた場所へはたどりつけなかったが、今のお気に入りの場所を見つけるきっかけになった。教室から見える場所は生徒が普段通ることはない職員入り口付近。お気に入りの場所と同様教室から見えるこの場所も、先生たちが通る場所ということもあり生徒はあまり来ない。
「それで、誰かいいよと言う人はいないか」
窓の外から意識を教室に戻すと、ちょうど先生がクラスに何かを尋ねているところだった。先生は教室中を見渡しているがみんなはそんな先生と目を合わせようとしない。
どうやら面倒くさいことを頼まれるらしい。
よくわからないし出来ればそれは避けたいので俺も先生と目を合わせないようにしよう、と思った矢先に目が合ってしまう。
「笹野、いいか」
助かったと言いたげな先生の顔と、名前を呼ばれたことで集まったクラス分の視線。逃げられそうにないのでとりあえず頷いておく。
「おお、ありがとう。じゃ、昼休み、職員室に来てくれ」
どこからともなく手を打つ音が聞こえ、ゆるゆるとした拍手が起こる。さっきまで時間が止まっているみたいだったが、その拍手が起こることでざわざわと声も広がり、時間が動き始める。
「ねえ、俺はどんな厄介ひきうけたの」
結局何の話だったのかわからず、前に座っている友人の方を叩いて声をかける。
「わからずひきうけたのか。2年生が修学旅行に行ってる間の掃除場所の話。2年生の教室なんかはどうせ使わないしいいんだけど、どうもなんないとこあるだろ。そこの掃除にクラスから代表して1人出すっていう話」
途中でクラス委員の号令がかかったので早口になりながら説明してくれた。
そうか、修学旅行。先輩としばらくの間会えないんだった。
「笹野がひきうけてくれてよかったよ」
昼休みになり職員室へ行くと笑顔で先生が迎えてくれた。
「だいたいはホームルームで話した通りだ」
引き出しから1枚のプリントが出されて渡される。その話聞いていなかったのでよくわかりません、とは言えないのでプリントに目を落とす。
「うちのクラスの担当は職員入り口。外だから寒いと思うから防寒はしていいから」
先生の話を聞いてみんなが嫌がっていたわけがわかる。せっかく教室の中が暖かいのにわざわざ寒い外の掃除なんてしたくない。さらに場所が職員入り口なんて、さぼろうものなら先生たちにすぐばれるわけだ。
「あともう1人、3年生が来ると思うから詳しくはそこで決めてやってくれ」
なるほど、さらに3年生の先輩までついてくるわけだ。真面目なタイプだと面倒だし、怖い先輩だと掃除どころじゃないわけだ。
「2年生が修学旅行の1週間だけだがよろしくな」
「……はい」
お辞儀をして職員室を出る。
もらったプリントを折ってポケットにしまいながら、教室とは違う場所を目指して歩き出す。
いつも来ているお気に入りの場所。ここもやっぱり教室から見えた木々のように赤く染まっている。
夏のときは涼しくてよかったこの場所も、今は少し肌寒い。
大きな桜の木にもたれかかるようにして座った。落ちている赤い葉っぱを拾ってくるくる回す。
春に見せた淡いピンクとは違った、燃えるような赤。葉っぱ1枚でもその赤は強烈だ。
「……先輩」
寂しいです。
まだ先輩が修学旅行に行って1日目だというのにこんなに物足りない気がするのか。
自分でもあきれる。
持っていた葉っぱを地面に置いて、木に体をあずけて目をつぶった。
寒さのせいで、夏のときのように目をつぶっても眠くならない。目をつぶっていても声がかかることもない。
しばらく目をつぶっていると、予鈴の音が聴こえた。
「……サボろうか」
寝るわけじゃないのに目を閉じて暗闇にいると心地が良くて、目を開けるのが嫌になる。お昼ごはんを食べそこなったことも思い出し、教室に戻るのが嫌になる。
「行こうかな」
それでも結局、サボる勇気もなく目を開けて立ち上がる。
ずっと目を閉じて暗闇にいたから、光がまぶしくてゆっくり目を開けていく。
「うわ」
ようやく完全に目が開いたとき、目の前は真っ赤だった。
ずっと赤く染まっていたのに、それがより濃い赤に見えた。より強い赤に見えた。
目を奪われるほどの赤に呆然と立ち尽くす。寂しさが消えたわけじゃない。だけど、先輩がいない間もなんとかなりそうな気がしてくる。
燃えるような赤の中で少しだけ離れたところにいる先輩を想う。
秋。もう出会った頃とは比べものにならないほどの強い想い。
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