6 / 8
二度目の夏
二度目の夏。
すべてのものを焼き尽くさんばかりの太陽の光に少しでも歩けば自然と汗が湧き出てくる。木の側によれば己の力のすべてを使って鳴いているかのようなセミの鳴き声がする。
吐く空気も吸う空気もぬるく、ただ歩くだけで体力を持って行かれる。
それでも少しの涼しさを求めていつもの場所へ行き、大きな木の影へ入り腰を下ろす。
相変わらず暑さの続く中、学校へ来続けているがそんな日々もとりあえず今日でいったん終わる。今日が夏休み補習前半の最終日。
「笹野」
いつものように俺より少しだけ来るのが遅い先輩がしゃがみ込む俺に声をかけてくる。
「お疲れ様です」
挨拶をしながら立ち上がろうとすると、大きな手で頭を押さえられてそのまま座らされる。不思議に思って見上げていると俺の横に先輩が座る。
「あちーし、少し休憩」
着ていたシャツを掴んであおぎながら木に身体を預ける。横を盗み見すると額から汗が流れるのが見えた。
「本当、暑いですよね」
その様子がなんだか少し色っぽくて慌てて目を逸らす。
太陽の光や夏の暑さだけじゃない何かで顔が熱くなっていくのがわかった。
それをごまかすように自分も手を動かしわずかな風を送る。
「顔赤いけど暑いか。大丈夫か、熱中症気をつけろよ」
案の定少しも隠せていなかったらしくすぐに先輩にばれてしまう。ただ先輩はこの夏の暑さのせいだと思ってくれているらしい。本当はそんなことじゃないから心配させて悪い気もするが、今は本当の理由がばれていないことに安堵する。
ほら、と冷えたペットボトルを渡されておとなしく一口もらう。
お礼を言いながら先輩にそれを返すとふとある事を思い出す。慌てて声を出して立ち上がると驚いたように先輩も立ち上がった。
「そうだ先輩、花火大会行きましょう」
そういえば1年前も同じようなことを言ったなと思い出して少しおかしくなった。
先輩もどうやら同じことを思っていたらしく、突然声をあげて笑いだした。
「なんかデジャヴだな」
ひとしきり笑った後からかうような口調で言う。
「今年は俺と言って楽しいのか、なんて聞かないんですね」
仕返しとばかりに言うと、驚いたように目を開いた後数回まばたきをした。その後は口元を緩めて笑う。
「言うじゃねーか」
「すみません、えらそうでしたか」
「いや」
1年前の先輩はどうして自分なのだと疑問を持っていた。俺がなついてくる意味がきっとわかっていなかった。今も本当の意味をわかってくれているかはわからないけど。それでもきっと、俺が先輩がいいんだっていう気持ちをようやくわかってくれた気がする。もう前のように俺が深く関わろうとしても不安そうな顔をすることはなくなった。
だからきっと、少しだけ自惚れていた。
俺が誘えばなんだかんだいいつつも先輩はどこへでも行ってくれると。だから当然、今年も花火大会に一緒に行けると。
「でも悪い。今日は行けねえ」
「え」
思いもよらない返事に間抜けな声が出た。
先輩が少しずつ俺のことをわかってくれて、俺といても不安にならないでいてくれるようになった。
それに比べて俺は。俺は先輩のことをわかった気になっていた。わかるはずもないのに、先輩も俺のこと好きでいてくれている気になっていた。
断られるわけがないと思い込んでいた。
「受験、頑張ることにしたから」
「あ」
先輩が3年生で受験生だということを思い出す。
少し前から進路について悩んでいることには薄々気づいていた。気づいていたのに忘れていた。
春にもずっと一緒にはいられないと思い知ったはずなのに、先輩と一緒にいることが楽しすぎてすっかり忘れていた。
「無理言ってすみません」
「はじめるの遅かったのがわりいんだ。今日は塾だから、また今度誘ってくれ」
頼むよ、と言われて仕方なく頷く。頷いたまま顔をあげられず地面を見つめる。
俺がこれ以上傷つかないようにと必死に優しい声をかけてくれる。だけど今はその優しさが苦しい。
優しい先輩に気遣わせていることが苦しい。
「……今日は帰るか」
いつまでも顔を上げない俺の頭に声がかかる。
慌てて顔を上げると目の前に寂しそうな顔をする先輩の姿があった。
俺の前でそんな顔2度とさせたくないと思っていたのに。俺のせいで先輩にこんな顔をさせた。
「じゃ、今度は海行きましょう」
精一杯の明るい声を出すと先輩も安心したように笑ってくれる。それでも今日は帰ろうと、やっぱりそう言って歩き出す。
「早くしねえとクラゲの時期が来て泳げなくなるぞ」
「そうなったら砂のお城作りましょう」
これぐらい大きな、と手を自分の届く限り広げながら言った。そんな俺を見ながら先輩も呆れたように笑う。
いつも通りの空気が流れる。
息をするのも苦しいような暑さの中にときどき吹く風のようだ。
先を考えるとまだ苦しくなる。だけど頑張ろうとする先輩を応援したい。
先輩が苦しくなったときに心を落ち着かせる先が俺であればいいのにと願う。
その夜、1人で家から見た花火は去年とまったく違うものに見えた。
俺は花火が見たかったんじゃない。先輩と花火が見たかったんだ。
去年よりもずっと小さな空に消えていく花火を見ながら、先輩も音だけでもどこかで聴いてくれていたらいいなと思った。
息をするのも苦しい暑さの中少しの涼しさをもった風が吹く。
二度目の夏。息苦しい日々はまだ少しだけ続きそう。
ともだちにシェアしよう!