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二度目の秋

 二度目の秋。  日が落ちるのが日々早くなっていく。木々が徐々に色を緑から黄色や赤へと変えはじめる。だんだん肌寒くなっていき、冬服の時期がやって来る。  日に日に季節が移っていくのを感じる一方で、心が夏から止まっていることを無視することができなくなってくる。  先輩を花火大会に誘い、そして断られた。いつまでも楽しい日々のことだけを考えている俺とは違い、先輩は先を見つめ出した。それを応援したいという気持ちと同時に、先というのに俺がいないということにも気づいてしまった。  季節が移り行くように人との関係も移り行く。いつまでも一緒にはいられない。  結局花火大会を断られて以降、誘いづらくなってしまいどこにも行けないまま夏を終えてしまった。  そしてそのまま夏にできてしまった微妙な壁は、暑さが落ち着いて肌寒くなってきてもなくなることはなかった。  授業を終えて今日もお気に入りの場所へ足を運ぶ。そこに行く習慣は先輩と微妙な壁ができてからも変わらない。先輩はいたりいなかったりする。いるときは今までと同じようにどうでもいいことを話して、一緒に帰る。もともと約束をして集まっていたわけでもないが、お互い自然と寄っていたその場所に1人いないとそれだけで何か物足りない気持ちになる。  今日はいるだろうか、と考えながら歩く日々と今日は違う。  めずらしく先輩から待っていてくれと言う内容のメールが来た。メール自体もめずらしい上に待っていてくれなどと言われるのははじめてで、喜ばずにはいられない。  落ち着きがなくさわさわとゆれる木の枝の先を掴んでみたりする。木の幹は太くなっただろうかと手をまわしたり、身長は伸びただろうかと木と背比べをしてみたり。  意味のないことをしてはとても短いメールを何度も読み返す。 『遅くなると思うけど時間あれば待っててくれないか』  まじめで少し控えめなところが先輩らしい。 「遅くなった、悪い」  何十回目かのメール確認を終えると同時に先輩が小走りでやってくる。出会った頃からの目つきの悪さは変わらないが、受験に向けて黒髪になった先輩はすっかり好青年だ。 「どうせ暇だったので大丈夫ですよ」  緩んでいる口元に気づき、手で隠してごまかしながらこたえる。 「今日はわざわざどうしたんですか」  先輩に会うまではただ約束をして会えるということに喜んでばかりで考えもしなかったが、先輩を前にすると何か重要な話でもあるのだろうかと構える。浮かれているだけではいけないとこの1年で散々と学んだ。  少し暗くなってきて見えづらくなってきた先輩の表情を一生懸命読む。自分で呼びだした割には戸惑いや躊躇いを感じる。  口を開いては閉じてという行為を数回繰り返しては大きく息を吸ったり吐いたりする。 一生懸命なその様子は不謹慎ながらも少しかわいいと思ってしまう。  そんなことを繰り返す先輩を黙って見つめる俺という時間がしばらく続いたが、ようやく決心をしたらしく先輩が今まで以上に大きく息を吸って口を開く。 「これ」  突然かばんからぱりぱりという音をさせながら何かを取り出す。突きつけられたそれを受け取る。 「お月見、しよう」  その言葉と渡されたものが団子だということに気づいて思わず笑い出す。 「何笑ってんだ、おい」 「いや、あまりにも先輩が一生懸命なことがおもしろくて」  笑いすぎて涙さえ出て来る。  お腹が痛くなるまで笑い落ち着いて先輩の顔を見ると、むすっとしているのがわかる。 「すみませんでした。でもうれしいですよ、ありがとうございます」 「別に」  言葉が短くて素っ気ないのは笑いすぎて怒っているわけではない。照れ隠しだと先輩の表情を見なくとも分かる。  先輩が顔を空へ向けたのを見て、俺も空を見上げる。 「木がない方がいいかとも思ったけど、ここがよかったから」  自分だけでなく先輩にとってもこの場所が他とは違う特別な場所であること。それが伝わってくる言葉に胸が詰まる。笑いすぎて涙腺が緩んだせいなのか、涙が出そうになる。 「ここがいいです」  泣きそうなのを隠しながらそれだけ呟く。  少ししんみりとした空気になったところで先輩の持ってきてくれた団子のふたをばりばりと言わせながら開ける。 「食べましょう」  団子が入った容器を先輩の目の前に差し出す。音に驚いてこっちを見て先輩が団子を手に取りながら何かを思ったらしくにやりと笑う。 「食い意地はってんな。花より団子か」  これ以上しんみりとした空気になられると困ってとった行動だが、考えてみると確かにその通りだと今になって気づく。  先輩が団子を口にしたのを見て同じように口に入れる。それが口の中からなくなると今度は話すために口を開く。 「俺は割と花も好きですよ」 「確かにな」  思い返してみれば初めて会った時は花びらを掴もうとしていたんだった。あれも花を眺めているとは違うけれどいいのだろうか。 「今日はありがとうございます」 団子も食べ終え、完全下校の放送がかかったので帰ろうということになり立ち上がる。立ち上がった後、歩き出す前に一言、どうしてもちゃんと言いたかったことを口にする。 「いや」  また照れているのか、短い言葉が返ってくる。 「夏ゆっくり遊べなくてごめんな。花火行けなかったし、月でも見れたらと思って。おまえこんなの好きそうだし」  なんでもないことのように装って、だけど一生懸命俺のことを考えて話してくれる。  今度こそ本当の照れ隠しで早く帰ろう、と促される。少し先を歩き出す先輩の後ろを追いかけながらこっそり目元をぬぐった。  駅前は明るくて少し月の光が弱く見えたが、何も妨げるものがない空に浮かぶ月は綺麗だった。 「先輩、月が綺麗ですね」  先輩と別れる直前に口にした。  先輩が意味を知らなくてもいい。本当に綺麗だと思ったから。先輩と見る月が綺麗だと思ったから。ついでに俺の気持ちも少しくらい伝わればいいなと思って。 「ああ」  先輩の素っ気なく短い返事は何を思ってのものだったのか、俺にはわからない。  月明かりがいつもより少しだけ明るく照らす夜。  二度目の秋。一歩先が少しだけ明るく照らされた気がした。

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