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女におぼれた二世2
マンションを出ると、路地に親父の車が横付けされている
俺が顔をのぞかせると、助手席の窓が下がった
「蛍、乗れ」
親父がサングラスをして、運転席に座っている
どっこから見ても、極悪非道なツラ構えだ
なかなか…こう、見た目からマフィアって感じの日本人はいないと思うぜ
「中にライさんがいたけど」
俺はマンションに振り返ると、ちょうどエントランスを出ようとしてるライさんが見えた
「話たのか?」
「エッチしたって言ったら、拳銃を頭に突き付けられた」
親父の口元が、緩む
至極楽しそうな表情に、俺は肩が重くなる
おかげで、俺はライさんに睨まれて、胸が痛いんだよっ
「早く乗れ」
「はいはい。乗ればいいんだろ。これじゃあ、大学の一限に間に合わないよ」
「大学まで送ってやる」
「えー、そのツラで大学に送られるのはちょっとなあ…」
俺が助手席に座るや否や、親父の車が急発進した
たぶん、ライさんの追求を逃れたいんだろ
別に隠すことじゃねえと思うけど
「…で、何か収穫はあったのか?」
「まあ。あったけど…こんなこと言っていいのかなあ?」
「言え。そのために、お前が女を抱いたんだろ」
まあ、そうだけど
「親父んとこの山根ってヤツと俺んとこの関口ってやつが手を組んで、俺の暗殺を計画中らしい。まあ、俺の後がまを狙ってるってやつだな。欲しいならあげるのに。俺、組織なんて興味ないし」
「証拠のブツはあったか?」
「ああ、あったよ。あの女の家にメモリースティックがね。ここに置いておくよ」
俺はズボンのポケットから取り出したスティックをドリンクホルダーの中にカランと投げ入れた
「あとは私がやろう。蛍は、忘れるんだ」
「はいはーい。記憶から削除しました。ピッ」
俺は明るい声で言いながら、窓の外の風景を眺めた
全く、親父らしいよ
最初のさわりだけ俺にやらせて、危機感だけを持たせておいて、あとは親父が全部一人で処理する
女を利用しないといけない場合だけ、俺が参加する
親父はもう…女を抱けないし、ライさんはもともと女嫌いだし
できるのは俺だけ
他に部下がいるし、頼もうと思えばできるんだろうけど
誰が、親父を裏切るかわからねえしな
できるなら、信用しているヤツにやってもらいたいってわけだ
それでも俺を最低限のところでしか使わない
親父が変わったのは、母さんが死んでからだ
俺が殺したのに、「お前は殺してない」なんて堂々と言いやがる
俺が喉を掻き切って、母を殺した
確かに最期の力を振り絞って俺に拳銃を突きつけた母さんの脳天を撃ったのは、親父だけど
やっぱ、俺が母さんを殺したんだ
あのまま放っておいたって、母さんは息絶えるのは、目に見えていた
「ボディガードをつけるか?」
親父が運転しながら、煙草を咥えた
気管支の弱い智紀の前で吸えない分、俺の前ではプカプカと遠慮なしに吹かしやがる
まあ、親父らしいけどな
こんな風に、俺…親父と仲良くなれるなんて思わなった
母さんにはずっと、親父は敵だと教え込まれてきたし
母さんが正しくて、組織を抜けた親父が悪いヤツだって刷り込まれてきた
「いんや、いらない。俺を誰だと思ってるんだよ? 親父の息子だし、誰かに守ってもらうっていう立場の人間でもないしなあ」
「梓の組織のトップだろ」
「形だけね。組織が欲しいならさ。俺んとこに来て、一言口にしてくれればいいのに。まどろっこしい計画なんてしないでさ。頭の堅い奴らめ」
「力が欲しいんだろ。お前を殺したという事実が、権力につながる」
「俺、まだ死にたくないなあ」
「死なせないさ」
親父の口の端が持ち上がって、にやりと微笑んだ
「だが、ライには内緒にしろ」
「なんで? 知っても良いと思うけど」
「あいつは怖い」
「怖いのは知ってるけど。べつにライさんが怒るような内容なんて、一つもないと思うけど?」
「お前の命が狙われているというのに?」
「喜ぶんじゃない? ストーカーまがいの男が一人減るぅって」
親父が鼻を鳴らす
「素直じゃないだけで、ライはお前を好きだ」
「好きな男に拳銃を向けるかな?」
「好きだから、怒りをぶつけるんだろ? お前が他の女の中で気持ちよくなっているかと思うだけで、苛々が止まらない。現に、お前の浮気現場まで来たじゃないか」
「そうだと嬉しくて、顔がニヤけるけどなあ」
「そうなると、私が困る。智紀の護衛がいなくなるんだからな」
「ああ…だからライさんに知られたくないってわけ」
智紀の護衛がおろそかになるのが、嫌なんだな
息子の命が狙われていようとも、恋人の智紀が一番なんだな
恋人…つうか、妻?
男同士で、一緒に暮らし始めたら、それって『結婚』ってことになるのか?
親父が外で働いて、智紀が家で主夫してんだし…
まあ、なんだっていいけど
俺は大学の建物が見え始めてきたのがわかると、親父に車を止めてもらい、途中下車した
大学の構内に入るまでに、俺は顔見知りの女性たちと一緒になり、囲まれながら登校した
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