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儚い記憶の向こうで
ー蛍sideー
『力が欲しいの。何者にも邪魔されない力が。それにはカイルの権力が欲しいわ』
『僕の権力? 貴方は面白い。権力と地位と…僕の身体を欲しいと言う女はたくさんいるけど。権力だけでいいの?』
ハウスの中で、薔薇が一斉に咲き誇る
その中央で、母さんと白人の男性がお茶を楽しんでいた
『貴方はわたくしみたいな女がお嫌いだと聞いたわ。権力がいただけるなら、わたくしはあの子を差し上げるわ。好きにしていいのよ』
金色の髪の男性が、俺を見る
俺は薔薇を触ったまま、男を眺めた
細い身体のラインが、儚いイメージを植え付ける男だった
青い瞳で、俺を見てくる
じっと俺を見て、値踏みしているみたいだ
白いワイシャツの裾をズボンの中にしっかりと入れ、ゆるゆるのウエストにはきつくベルトを締めている
『名前は?』
『蛍。わたくしの息子よ』
『跡取り息子じゃないの?』
『ええ。跡取り息子よ。だからわたくしの本気を知っていただけるでしょ? どうしても貴方が欲しいって。わたくしの命が尽き果てたら、わたくしの組織もあげるわ。あの子には所詮、無理だから』
紅茶のカップを口に運んだ母さんの肩が小刻みに震え、くすくすと笑う声が微かに聞こえた
母さんとあの人…何を話しているんだろう
どうぜ、俺には関係ない話をしているんだろうけど
母さんの怒鳴り声が、廊下に響き…直後、バタンとドアの閉まる音がした
『あんたなんか、一緒に連れてこなければ良かった! 邪魔なのよ』
堅く閉ざされたドアを見つめたまま、俺は母さんの言葉をリピートさせた
「ああ、女王様のお怒りかい?」
俺に近づいてきた青年が、俺の肩に手を置いて親しげに笑いかけてきた
「いつものことだから」
「いつも? 蛍は、自分のママに邪魔扱いされているの?」
「『お前はタイミングが悪いんだ』と言われたことがあるんだ。俺は、世渡りが下手なんだ」
青年の指が、俺の手にある花にいった
「これを渡そうとしたの?」
「あ、うん。庭先に綺麗な花が咲いてて…母さんが喜ぶと思って」
『あ、あん、ああっ。もっと、激しく』
ドアの向こうから、母さんの声が聞こえた
母さんだけど、俺の知らない母さんの声だ
青年がそっと俺の両耳を押さえて、音を遮断した
「僕の部屋に行こうか。そのお花も、きちんと活けてあげないと、枯れちゃうよ」
青年の言葉に頷いて、俺は青年と一緒に歩き出した
「ここって、貴方のお城?」
「何百年も前からあるんだ。ずっと僕の家の家系が城主として守ってきた。隠し扉とかあって、楽しいんだよ」
青年の部屋で、俺は高そうな椅子に座った
青年が花を活け、俺に蜂蜜入りの甘い紅茶をいれてくれた
「甘い」
「僕の城でとれた蜂蜜はすごく甘くて美味しいんだ。日本に帰るときに、君のお土産に用意しておいてあげるよ」
「本当に? いいの?」
「いいよ。蛍のために、僕が用意しておくよ」
「あ、ありがとう! すごく嬉しい。俺、誰かに何かをしてもらうって初めてで…。胸がドキドキするよ」
「僕もだよ。蛍を見ていると、心が温かくなる」
「俺、何やっても駄目ダメでさ。いっつも母さんに怒られるんだ。俺なりに頑張ってるのに、母さんにとってみたら、全然でさ。さっきみたいに怒鳴られてばっかなんだ」
あはは、と笑い声をたてて笑い飛ばす俺の話を、「それで?」と落ち着いた声で青年が耳を傾けてくれていた
青年が用意してくれた紅茶が空になり、さらに3杯ほどおかわりして…それでも俺は話が止まらなかった
俺の話をじっと聞いてくれる青年の存在が嬉しかった
もっと俺の話を聞いてほしい
俺を見てほしい
そればっかりで
母さんと日本に帰るギリギリまで、俺は何度もこの青年の部屋に通い、そして俺が疲れて眠ってしまうまで、話続けた
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