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息子を囲う男

ー恵sideー 濃いグレーのスーツの下から、ピンク色のワイシャツが覗いている男が、颯爽と応接室に入ると、二コリと微笑みもせずに、私の向かい側に座った 金に輝く髪に、青い瞳…艶のある白い肌 何度か見かけたことのある男だ 黒崎 カイル 父親が日本人で、母親がイギリス系マフィアの娘だった 「君の父を知っている」 私から先に口を開いた カイルが「そうですか」と顔色も変えずに答えると、足を組んで私の顔を見やった 「僕こそ、貴方の息子さんを知っているよ」 カイルから、本題を持ち出したか 「だろうな。その件でわざわざここに来たのだから。息子の家で、堂々とシラを切られても困る」 「回りくどい会話は好きじゃないから、単刀直入に言わせてもらうけど。蛍をそちらに渡す気は毛頭ない。蛍もきちんと了承している。わかったなら、即刻ここから立ち去っていただきたい」 「会うだけでいい。連れて帰る気はない」 「会わせる気は全くありませんね」 「それは困ったな。会いたくて来たんだ。息子なのだから、自由に顔を見たい」 「写真でも拝んでいればいいんじゃないですか?」 私は鼻で笑い、煙草を咥えた 「生身の蛍を見て、話がしたい」 「それは無理な話ですね。どう交渉されても、僕は応じない」 「ぜひ、応じて欲しいね。会うだけなら、大したことじゃないだろ?」 「僕は蛍を誰にも見せたくない。実の父親である貴方にさえも。蛍を惑わす全てのモノから、僕は遠ざけたい」 「そうやって君の祖父は、君の両親を無理やり突き放したのだろうね。おかげでこんなに捻くれたマフィアのドンとなった」 私は煙草に火をつけて、煙を天井へと立ち昇らせた 「交渉術は、貴方の元妻ほうが上手だね。僕の好きなものを用意してくれた。貴方は何を手土産に持ってきてくれたのかな?」 「申し訳ない。気が利かない人間でね。息子の家に行くつもりで気軽の来たので、何も持ってきてなどいない」 私のスーツのポケットの中で、バイブレーションが二回ほど鳴って切れた 2秒後、また2回ほどバイブが震えて切れた ライの合図だ 無事、蛍を回収できたという報告だ 私は「さてと」と呟くと、灰皿に煙草を押し付けた 「どうやっても会わせてもらえないなら、今日のところは帰るか。また来させていただこうかな? 次は手土産を忘れないように気をつけよう」 私は立ち上がると、カイルに微笑んだ 『次』はないんだけど、ね むすっとした表情のカイルは、ソファから立つものの、表情を崩すこともなく、私を見送った ここからが時間との勝負だ カイルが蛍の姿がないと気づく前に、ヅラからなければならない 私は応接間を出ると、大股で玄関ホールに向かった 外に出て、無事車に乗り込んでから、車のトランクに発砲された 窓に目をやると、2階からカイルが拳銃を握り、銃口をこちらに向けているのがわかった 「出せ」と運転席にいる男に告げると、私は後部座席のシートに背中を預けた 隣では、すやすやと眠りこけている蛍が座っている 助手席では、拳銃を握って警戒態勢を崩さないライが窓をじっと睨んでいた 「ライ、もう平気だろ」 「追ってくる可能性も十分に考えられます」 「いや。追ってこないさ。どこに住んでいるのか…くらいの調べはついてるだろうし。カイルは突発的に勢いで攻めてくる男じゃない。ネチネチと少しずつ、計画的にこちらに攻めてくる…そういう男だ」 「勝算は?」 「ない」と私ははっきりと告げ、「世界的に活動しているカイルの組織と、アジア方面にやっと進出したばかりの私の組織とでは、力の差がありすぎる」と続けた 「は? じゃあ、なぜ…」 「たった一人きりの息子の自由を奪われたのが、癪に障っただけだ。梓が作ったあんな組織など、カイルにくれてやる。だが…蛍をあげるなんてできない。くれてやる義理もない」 私は眠っている蛍の顔を見つめた たった一人しかいないのだ 私の血を分けた人間が… あんな男になど、嫁に出すつもりはない 「ジュニアは、カイルってヤツから離れたくなさそうでしたけど?」 ライが、ちらっと横目で私に視線を送ってきた 「脅されていたんだろ。ライを植物人間にしてやろう…とか。智紀に大けがをさせて、まるで蛍が仕組んだように見せかけ、私とライが蛍を恨むようにしてやる…とか、な」 「随分とリアルな例題をあげますね、恵」 私はくすっと笑うと、落ちてきた前髪を、頭を振って視界から追い出した 「私にだって内応者くらいいる。どこの組織にも、いろんな方面の内応者が潜りこんで、身を潜めている」 「梓の組織に潜りこんでいたのは、それなりに優秀な内応者なのかな?」 「どうだろうな? あっちに行ってしまった人間を100パーセントは信じてはいない。人間は染まるからな」 今度はライが鼻を鳴らして笑い、前髪をさらっと掻きあげた 「良い例が、そこにいるじゃないですか。あっち側に行って、即効染まった子が恵の隣に」 「ライが染め直してやれ」 「なんで僕?」 「お前しかいないだろ」 ライが「ふぅ」とため息を零した 「僕、そういうの得意じゃないんですよね。裏切り者の始末なら、喜んでしますけど。僕から去って行った男を、また振り向かせるって…好きじゃない」 ライが頭を動かして、助手席の窓に視線を動かした 「では…首にリボンをつけて、蛍をカイルに返すか?」 「カイルに嫁に出すが嫌なんですよね?」 ライが即刻、口を開く いつもより数段、声のトーンが低くなって不機嫌な口調だ 素直になれよ、ライ 侑のときみたいに、自ら好きな人間の手を離すのか? 今度は私は、突き放そうとしてないぞ? 組織のための力量など、はかっていないんだぞ? 自由に恋愛をして良いと、私は言っているんだ 意地を張る必要はないんだ 我を隠す意味などないんだ 好きなら、好きと認めてしまえ そのほうが楽だぞ 自分にとっても、相手にとっても…素直になれば、身体も心も楽になる 私と智紀がそうだった…ようにな 智紀が追いかけてきてくれなかったら、私も素直になって得られる喜びを味わえなかっただろうな 私は、ふっと口を緩めた スーツの中で、静かに携帯のバイブが震えるのがわかって、ポケットに手を突っ込んだ――

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