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荒れた家の中
ー蛍sideー
酷く頭が痛む
耳鳴りが酷い
俺はよろよろと千鳥足で、親父の背中を追いかけた…と言うよりも、親父の後を追いかけるライさんに引っ張られていた
朦朧とする頭に、視界がぐらぐらと揺れている
ライさんに吹きかけられたクロロホルムが、まだ身体に残っているのだろう
駐車場にむさ苦しい男の遺体が2体あった
親父の顔つきから、たぶん部下だったのだろう
俺を無理やり連れ出すからだ…と、俺は心の中で呟いた
エレベータの中で、親父が胸元から拳銃を出した
ライさんも、腰にさしている拳銃を手に持つ
俺は意識が飛びそうになるたびに、エレベータの壁に頭をぶつけては、ハッと目を開くのを繰り返していた
「ライ、私が先に行く」
「ええ。わかっています」
ライがコクンと頷くと同時に、エレベータのドアが開き、親父が拳銃を構えて歩きだした
俺はライさんに引っ張られるがまま、歩を進めて、親父の部屋に入る
玄関には、図体のでかい男の死体がまた2つあった
室内は静かだった…いや、俺の耳鳴りのせいで微かな音に鈍感なのかもしれないが
だが、人の気配はない
室内も荒れている
智紀が逃げ回った跡なのか…それとも、カイルの部下が探しまわった跡なのか、判別がつかないが
棚は倒れ、花瓶が割れ、ゲームのケースが散乱している
テレビ画面がつけっ放しなっており、「ゲームオーバー」の表示がデカデカと画面いっぱいに広がり、物悲しい曲がエンドレスで流れていた
「くそっ。智紀も、ヤツの部下もいない」
部屋中の確認が終わった親父が、拳銃をホルスターに仕舞いながら、居間に戻ってきた
俺は和室の畳の上に、ライさんにごろんと投げ出された
「智紀は、押入れの中に隠れていたみたいですね。見事に見つかってますけど」
衣装ケースが畳の上に2つほど転がっている
半透明のケースの中身は、智紀のゲームが詰め込んであった
「恵、どうするんです?」
ライさんが、腰に拳銃を仕舞いながら、親父を見上げた
「さあ、な」
親父が肩を持ち上げると、ダイニングテーブルの椅子に腰をかけた
「恵っ! 智紀が攫われたんですよ」
「わかっている」
「何でそんなに落ちついてるんです?」
「落ちついてはいない」
「落ちついているでしょ! 何、優雅に座ってるんですか」
「優雅に座ってるわけじゃない」
親父とライさんが言い合いをしている
なんで、だよ…
どうして言わないんだ?
簡単な解決策があんだろうが
ここに…俺がいて
智紀がカイルのほうに行ったというなら、手っとり早い方法があるだろ?
なんで、それを口にしないんだ
ライさん、あんたなら親父に拳銃を突きつけて、言いそうじゃん
『ジュニアをカイルに差し出して、智紀を返してもらいましょう』って、言えよ
なんで、言わない?
「なあ…あのさ」と、俺は二人の言い合いに口を挟んだ
「駄目だ。それは絶対にやらん」
俺が話しだす前に、親父が首を横に振った
「何も言ってねえだろ」
「蛍と智紀を交換しろっ…と、言うんだろ? 絶対、それはやらない。蛍も智紀も、カイルに渡さない」
「…って、実際、智紀はカイルのほうに攫われたんだろ?」
「たぶんな」
「なら…話は早いだろ」
「絶対に駄目だ」
「ライさんからも言ってやれよ。いつもみたいに親父の頭に拳銃を突きつけてさあ…。俺をカイルに差し出せって」
ライさんの視線が俺に向く
冷たい目で俺を見て、そして俺に背を向けた
「馬鹿は放っておきましょう。カイル側にいる内応者が使えますか?」
「どうだろうな。今、連絡をつけるのはマズイだろ。あからさま過ぎだ。カイルに、内応者だとバレる」
「他に何か策は?」
「目下、考え中だ。カイルにとって、智紀を手放したくなるほどの弱みを握れば、こちらにも勝算があるのだが」
「そんなことは考えなくもわかりますよ。その弱みは?」
「詮索中だ」
ライさんが「はあ」とため息をつくと、ソファにどすんと座る
親父もテーブルに肘をついて、顎を触る
「なあ、だから…その弱みって」
「却下だ」
「まだ何も言ってねえじゃん!」
親父の眼球がぎろっと俺に向く
「どうせ、自分だと言うんだろ」
「ああ、まあ。うん、そうだけど」
「お前以外の弱みだ。人間同士を交換するつもりはない」
「智紀が痛い目にあったらどうすんだよ」
「智紀はカイルにとって大切な人質だ。数日間なら、丁重に扱うだろう。その数日間で、カイルの尻尾を掴みたいものだ」
「何か策はあるのかよ」
「だから無いとさっきから言っているだろ。どうにかするんだ」
ライさんがすっと立ち上がると、俺たちのほうに身体を向けた
「まあ…ここでじっとしていても、時間が刻々と悪戯に過ぎるだけで、何の情報も得られませんけどね」
「その通りだな。ライ、お前は蛍を見張っていろ。勝手にカイルのところに戻られては困る。私は少し、散歩をしてこよう。最近、自家用の飛行機の調子が悪いと報告があった。たまには動かさないと、壊れてしまう」
「わかりました。僕の家に居ますから。何かあったら連絡ください」
「ああ。セックスの最中でもちゃんと電話に出ろよ?」
ライさんがにこっと笑うと、「当たり前です」と答えた
こいつら、意味がわかんねえ
なんで目の前にある簡単な解決方法を無視して、あえて難しい交渉に乗りだそうしているんだよ
俺、ここにいんじゃん
智紀か、俺か…親父たちにとって、どっちが大切かなんてすぐに答えが出るのに、どうして俺をここに置く?
俺がここにいる意味があるのか?
ここにいて何の役にも立たない俺なら、智紀を取り返すための材料にしてしまったほうが、よっぽど使い道があるってもんだろ?
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